大切な人が奪われた











大切な人が傷つけられた











どんなにひどいことを言われても












あなたは私の











たった一人のお母さん







































































黒い涙白い月











































































相変わらず暗い家。どれだけ大きくても、冷たい雰囲気が漂っている我が家。門を開けようとした手を止めて、少し立ち止まる。

いつも、学校から帰るときはこうだった。足が震えて、全身がこの家に帰ることを拒否する。今日も私の手は震えていた。

大丈夫。大丈夫。確か今日は父親が出張で、お母さんしかいないはず。だけど、もし帰ってきていたら?そんな意味の無い疑問が頭に浮かんだ。

そんなはずないのに。これがトラウマってやつなのかな。どちらにしろ、自分にとっては厄介なものにほかならない。

一度深呼吸をして、心を落ち着ける。みんなが励ましてくれたんだ。私はきっとやれるはず。

震える手を必死に動かして、私はその大きな門を開けた。嫌な音が聞こえる。

玄関の鍵は開いていた。恐る恐る、暗い家の中に入っていく。だけど、少し妙な感じがした。

しばらく帰ってなかったからかな。だけどこれはそんなものじゃすまないような、嫌な気分。こんな感じ、前にもどこかで感じたような・・・。

いつもなら真っ先にメイドさんが出迎えてくれるのに、今日はそれもない。いったいどうしたんだろう。私の不安は募るばかりだった。

「た、ただいま・・・戻りました・・・」

まるで他人の家に入るように、ひっそりと声をかける。それでも反応は無い。みんなして出かけた?まさかそんなことありえない。じゃあ何かあったのかな。

靴を脱いで、家に上がると、嫌な感じはさらに強くなった。なんだろう、この感じ。それにこの雰囲気は。

しばらく家の中を探してみる。キッチン、リビング、しかし誰もいない。

そしてもう一度玄関に戻ったとき。妙なものを見つけた。

「これは・・・血?」

赤く伸びている、まさしく血痕。誰のものだろう、ひどい出血だったに違いない。急に背中が寒くなった。私がいない間に、何があったの?

刹那、私の後ろからものすごい殺気を感じる。すばやく振り向き身構えると、そこにはお母さんが立っていた。

「お母さん・・」

、おかえりなさい」

普段は長い髪を上の方でまとめているけど、今日は全部下ろしている。服も真っ黒いドレス。そして全体的に乱れていた。こんな格好していたことなんて、一度もないのに。昔から身だしなみにはうるさい人だったから。

それに、何か違う。姿かたちはお母さんだけど、どこか違和感があった。

まるで別人・・違う人のようだ。よく見ると、お母さんの顔に赤い血がついていた。もしかして、この血痕と何か関係があるの?

・・・」

お母さんは両手を広げて、私にだんだんと近づいてくる。抱きしめてくれるのだろうか。そして、私との距離が縮まった瞬間。お母さんの腕は私の首を捕らえた。

「う、ぐっ・・・!」

ギリギリと締め付けられる力は、お母さんの、いや女の人の力ではない。これは間違いなく誰かに操られていた。

苦しさに負けじとなんとか目を開ける。そして私は見てしまった。お母さんの胸に光る黒涙を。

。ズット待ッテタノヨ」

操られてる!家に入るときに感じた違和感は、黒涙のせいだったんだ。そう、との戦いのときに始めて感じた黒涙。その苦しみは並じゃない。

必死に首から手を離そうとしても、びくともしなかった。ふとお母さんの後ろにあるドアが開いていることに気が付く。そのドアの向こうには、たくさんの人たちが倒れていた。

「い、や・・・や・・・めっ・・・!」

たくさんの血を流して倒れている人。あれは間違いなく、家で働いていた人たちだ。

殺した。お母さんが。いや、お母さんを操ってる誰かに殺された。

「私、ズット待ッテタノ。サァ、早ク私ノタメニ死ンデチョウダイ」

「やめ・・・おか、あさん・・・!!」

意識が無くなりかけていたところで、私はお母さんの腕に手刀を食らわした。うぅ、と呻いて私の首は開放される。改めて身構え、戦闘態勢をとった。だけど、相手は操られてるとはいえ自分の母親。戦えるわけがなかった。

「ドウシテ私ノ邪魔スルノ?」

「お母さん、聞いて!あなたは今操られ・・・」

「ヤット掴ンダ幸セナノニ」

違う。これは私に話しかけてるんじゃない。虚ろな目。乱れた髪。本当に別の生き物だった。まだ痛む首に手を当てながら、私はしばらくその場を動けないでいた。動いたらその瞬間、襲い掛かってくる予感がしたからだ。

「ドウシテ壊レテシマッタノ?」

なんのことを言っているんだろう。やっと掴んだ幸せ?お母さんにとっての幸せって・・。

「全部アナタノ所為ヨ」

「わ、たし・・・?」

言っている意味がわからなかった。だけど、お母さんの目は今まで以上に殺気を放っている。私の所為?私を殺そうとしている目だった。

「アナタサエ居ナケレバ私ノ家ハ幸セダッタノニ!」

突如、黒いつぶてが飛んでくる。普段なら避けられるはずの攻撃を、まともに食らってしまい、私はその場にうずくまった。

私の所為?私の家が壊れたのは、私がこの家に生まれてしまったから?他の誰かなら、こんな風に暗い家にはならなかったの?

操られていることはわかってる。それが言わされていることだっていうことも。だけど、実の母親に言われたことには変わりない。唯一の絆が切れた気がした。

「アナタナンテ産マナキャ良カッタ」

そうか、私は・・・。























必要ないんだ
























再び首を絞められ、足は床から離れた。それでも私は抵抗しない。だってもうわかったんだもん。私はこの家に必要なかった。世界にも、どこにも、必要とされていない。

私みたいな奴、死んで当然。殺されて当然だよね・・・。

目を閉じると、涙が頬を伝った。その雫は重力に逆らうことなく、お母さんの手に落ちる。

「おかあ、さん・・・」

そう呟いて笑う。あぁ、良かった。私を殺してくれる相手がお母さんで。

!!!」

不意に、真の通った声が聞こえて目を開ける。目の前にはまだ首を絞めているお母さんの姿。だけど、その目は涙にぬれていた。正気に戻っている?その隙をついて、私はお母さんの腹に蹴りを入れた。

ドアを突き破り、リビングへと倒れこむ自分の母親。しばらくうずくまっていたあと、再び顔を上げたときには、もう完全に黒涙に侵されていた。

さっき一瞬だったけど正気に戻っていた。これならまだ助けられる。

私は静かに目を閉じて、神経を集中させる。黒涙を浄化できるのは白月の姫である私ただ一人。必ずお母さんの中にある黒涙、浄化してみせる!

白い膜が私の身体全体を包んだ。そして、その膜はふわふわと空中を漂いながら、お母さんのほうへと近づいていく。

「ごめんね、お母さん・・・」

苦しませてしまって、ごめんなさい。今助けます。

白い膜がお母さんを包み込もうとした瞬間。突如それは破られた。

「え!?」

「そこまでだよ」

床に突き刺さっているのはロングソード。そしてそれを投げた人物は宙に浮かんでいた。

「椎名、翼・・・!」

「久しぶりだね、。手紙はちゃんと渡してくれたみたいで嬉しいよ」

椎名が現れると、お母さんの意識は途切れた。その身体を持ち上げて、椎名はロングソードを拾い上げる。の一件で、こいつの実力はわかっているから、私はますます身構えた。

「お前の母親は預かる。返してほしいなら、さっさとあの世界に戻ることだね」

「・・・どういう意味?」

「お前がこっちの世界にいたら困るんだよ」

そうか、わかった。B・Tの目的は私を向こうの世界にとどめさせること。そのためにわざわざお母さんに黒涙を埋め込んで私を襲わせ、連れ去ろうとしてるんだ。

そうはいかない。大事なお母さんをみすみす渡すもんですか!

今度は新しくもらった武器に神経を集める。白く光り輝くブレスレット、しかしその光が消える前に、椎名は攻撃を仕掛けてきた。

「甘い」

椎名の放ったロングソードは私の左肩に突き刺さる。激痛が体中を走った。

「うわっ・・・!!」

大量に出血している肩を抑えながら、私はうずくまった。そして椎名は再び宙へと浮き上がる。

「早く向こうの世界に戻って、戦うことだね。そうしないとこの女、身体に黒涙が根付いちゃうよ」

「ま、待て!」

「それじゃあ、白月の姫・・」

椎名は消えた。お母さんを連れて。

その場に残された私は呆然とするばかりだった。お母さんが連れ去られた。私の所為で。

どうすればいい?どうすれば・・。そうだ、とにかく帰らないと。早く帰ってこのことをみんなに伝えないと・・・!

私は血の滴り落ちる肩をかばうようにして、家を後にした。急がないと、お母さんがB・Tになってしまう。根付いた黒涙は私でも浄化できない。

トンネルに入り、できるだけ急ぎ足で私は暗い道を歩いていった。






































































!どうしたのその怪我!」

W・Mの本部に戻ると、が駆け寄ってきてそう叫んだ。光宏と昭栄も一緒だ。カズさんもいる。

「俺、医療班呼んでくる!」

そう言って光宏がものすごい速さで走っていった。今まで耐えてきたけど、相当な痛みにとうとう私は膝をついて倒れた。

「いったい何があったとね!?」

昭栄が叫ぶ。かなり心配してくれてるみたいだ。ありがとう、昭栄。も。

ビリビリ、と布を裂く音が聞こえた。見るとカズさんが自分の服の袖を破いて私の肩に巻きつけようとしている。

「カ、カズさん!?」

「ええから黙っとれ。B・Tでは医療班やったけん」

そうだったんだ。なるほどどうりで手際がいい。

しばらくして、渋沢さんとけーすけがきてくれて、てきぱきと治療をしてくれた。治癒の力って間近でみたけど、本当にすごいスピードで直っちゃうんだね。驚き。

「それで、。何があったの?」

「実は・・・」

私は全てを話した。お母さんが連れ去られてしまったこと、黒涙が埋め込まれていること、椎名にこの傷を受けたこと。その全てを。

「それは少し困ったな」

渋沢さんが私の肩を治療しながら、そう呟いた。がそれに続く。

「そりゃ一大事ですよ!」

「いや、そうじゃない。確かにかなり重大な事件だが、一番厄介なのはの母親に黒涙が入れられてしまったことだ」

「どういうことですと?」

「黒涙が長く体内にとどまっていると、その身体に根付いてしまう。そうなるとたとえ白月の姫であっても浄化は難しい」

「はい、椎名も言ってました・・・。早くしないと根付いちゃうって」

なんとかしなきゃ。一刻も早くお母さんを助けないと。私にとっては唯一の肉親。大事な人だから。

「今度のゲリラ戦、勝つしかないな・・」

光宏の言葉に、そこにいた全員が決意を新たにした。そう、勝つしかないのだ。B・TとW・M。この大きな戦争を終わらせるには、私たちW・Mが勝つしか道は残されていない。

「よし、これで大丈夫だろう」

「ありがとうございました。みんなも、ありがと」

うん、痛くないし傷も残ってない。さすがは渋沢さん。私は肩をまわして調子を確かめた。

、ヘッドからの伝言。帰ってきたら急いで出かけなさいだってよ。どういう意味だ?」

けーすけの言葉で、思い出した。そうだった、私たちはW・Sを探さなくちゃいけないんだ。

が私のかわりに説明をしてくれている。でも、西園寺さんは応援をつけるって言ってたけど、誰が来るんだろう。何も聞いてない。

「よぉ、待たせたな」

突如後ろから声がかかる。振り返ると、そこには片手を挙げている黒川くんの姿があった。

「応援って黒川くんなの!?」

「あぁ。あと護衛の2人と功刀だってよ」

「なして俺?」

「昭栄が心配だからついていってほしいってさ」

「やったー!カズさんと一緒や!」

昭栄、喜んでるけど心配だからっていう言葉聞いてた?まぁ、いいか。この2人はセットみたいなもんだし。

だけど、なんで黒川くんなの?そういえば、黒川くんの能力とか知らない。

「黒川の能力は瞬間移動だよ」

「あーなるほどだから・・・ってけーすけ。また勝手に読んだでしょ」

「聞こえてきちまうもんは、しょうがないだろ?」

にこやかに言うけーすけに、私もつられて笑い返す。まぁ、いいか。口に出さなくても伝わるっていうのは便利で嬉しいこともある。

「そろったなら、早く行きましょ。ゲリラ戦まで時間がないしね」

がそう言って、私たちをせかした。そう、時間が無い。それまでに私ももみんなと同じくらい戦えるようにならないと。

「それじゃあ、また行ってきます」

「気をつけてな」

渋沢さんとけーすけに見送られて、私たちは出発した。曇っていた空から、少しだけ日が射したような気がした。