あいつはいつも言ってた。


別に正義の味方ぶるつもりはないけど、B・Tがやってることは間違ってるって。


俺等の街が壊されて、両親が殺されて、全てを奪われても


あいつはB・Tを止めるために必死だった。


疲れきってボロボロなのに、なんでもない振りしてるのがとても痛々しくて。


そんなあいつがとてもかっこいいと思った。


少しでもいい、自分ができる「精一杯」で


あいつを応援しようと決めたのに。


あいつが迷ったとき、支えてやれる奴になろうと決めたのに。


どうしてお前は、向こうへ行っちまったんだよ。


翼――――



















































黒い涙白い月























































椎名は貯水タンクから軽々と飛び降り、 の隣へ着地した。

は未だに、黒い幕で覆われながらただそこに立っている。

その瞳には、なにも映っていなかった。

「この学校にW・Mの奴がいるってのは知ってたけど、まさかお前だったとはね。正直驚いたよ」

有紀の方を向きながら、椎名が微笑む。

有紀はそれに屈せず、綺麗な顔を歪めて睨んでいた。

「さて、あんまり時間もない事だしそろそろ始めようかな。まぁ、用があるのは白月の姫だけなんだけど」

「……どうすれば を開放するの?」

椎名の言葉が遠くに聞こえた。私は、怒りで震える身体を必死に押さえながらなんとか声をだす。

「それはお前次第だよ。この女と戦って見事勝てたら、なんの抵抗もせず引き渡してあげるよ。でももし失敗したら…・」


































































「こいつは死ぬけどね」























































まるで新しいおもちゃでも見つけた子供のように、椎名は笑みを浮かべている。

たったそれだけのことなのにあいつの底知れぬ力と自信が伝わってきて、怖いと感じた。

、下がってて。ここは私達が何とかするわ」

有紀がスカートのベルトから短剣をとりだし、戦闘態勢になる。

椎名はそれをみて、またも楽しそうに笑った。

「おっと。お前達には手出しさせないよ。この鎖がみえるだろ?」

ジャラっという音と共に現れたのは、 の背中から出ている太い鎖。

「こいつはこの女をここにとどめている最後のピースを繋いだもんだ。お前達が白月の姫に手を貸した瞬間、僕はこの鎖を引き抜く」

有紀の表情が一層強張ったのが分かった。渋々、短剣をさやに収める。

「大丈夫だよ、有紀。なんとかやってみる」

「でも、 !!」

は私の親友なの…」

一番大切な親友だから

「だから…親友が困ってるときは、力になってあげたいの――」

失いたくないの―――

…」

「だから大丈夫!!心配しないで?」

私はそう言って、有紀背を向ける。目の前に居るのは大切な親友。絶対に助けてみせる!

「へぇ。その度胸だけは誉めてあげるよ。それじゃ、いくよ!!!!!」

椎名がそう叫んだあと、 が勢い良く飛びかかってきた。間一髪でそれをかわすと、今度は の手から黒いつぶてが無数に飛んでくる。

有紀には大丈夫なんて言ったけど、実際は戦い方なんてわかんないよ;どうすれば…





さんって、字きれいだよね





不意に、 の声が頭に響く。 が私にはじめて行った言葉。





今日からあたしたち、親友だ!!





みてみて!!これ可愛くない?





〜〜!!助けて〜〜;;





こっちこっち!!早く!!





止めどなく流れ出す、 との大切な思い出。そんな中、 が昔言ってた言葉が蘇る。





ってさ、優しいよね




私達がはじめて喧嘩して仲直りした日。誰もいない教室で突然 が私に言ってきた言葉。




私さ、喧嘩したとき にたくさんひどいこと言ったじゃん?


でも、 は一言もひどいこと言わなかった。


それどころかそんな私もしっかり受けとめてくれた。


あたしね、誰も傷つけない優しい が大好きなの!!!













誰も傷つけない…か。そうだよね、それが の好きな私だよね。

親友と戦うなんてできないよ。待ってて、

必ず助けてあげるから!!




























相変わらず手加減無しにとんでくる黒いつぶてを はうまくかわし続けている。

何もできない自分に腹を立てながら、私は感情のままに言葉を発した。

「あぁ、もう!なんで反撃しないのよ!!かわしてばっかりじゃ、いつか…」

「そんなこと、あいつだって分かってるよ」

隣りで静かに見守る黒川が視線を移動させずに言った。

「じゃあなんで!!!このままじゃ が!!」

「傷つけたくないんだろ…」

「傷つけたく…ない?」

「例え操られてるといっても、親友だから。傷つけたくないんだよ」

黒川の瞳が悲しそうに揺れる。その先には、口元だけに笑みを浮かべる椎名の姿があった。

「さってと。俺もちょっくら、助けに行きますか」

ポケットに手を突っ込んで、少し背を丸める。私は何を言っているのか理解できず、ただ引き止めることしかできなかった。

「ちょっと! を手助けしたら、 さんがのっとられるのよ!」

「そんなことはわかってるよ。俺が助けんのは俺の親友の方だ」



親友が困ってるときは、力になってあげたいの――



の言った言葉が頭の中に浮かんだ。そうか。そういえば、椎名と黒川は…

「親友をみすみす敵に渡すほど、俺は優しくないんでね」

黒川はそう言うと、自らの手から愛用のムチを取りだし、それを肩に担いで椎名の元へと向かった。





!!元に戻って!!本当の自分を取り戻してよ!!」

私は が繰り出す攻撃を、必死にかわしながら呼びかけた。

それでも はただ私を倒すことのみに捕らわれていた。

その虚ろな瞳に、まだ私の姿は映らない。

屋上の隅から隅まで逃げつくす私は、ついに端のフェンスまで追いやられた。

やられる―――!!!!

怖かった。真由美のときと同じ恐怖が伝わってくる。できることなら、今すぐ逃げ出したい。

でも、私はもう逃げない。だって逃げ出したいと思っているのは、 も同じだから。

まるで私をいたぶるかのように、じわじわと歩み寄ってくる 。冷たい汗が流れる。

次の瞬間、私の左肩に激痛が走った。あまりに痛みにバランスを崩すと、 の黒いつぶてが一斉攻撃をしかけてきた。

急所は外れていたものの、次同じ攻撃を食らったら間違いなく死ぬだろう。

意識すら飛びそうな痛みが、それを物語っていた。

どうすればいいのか、検討もつかなかった。





「ムチなんか持って、すっかり戦闘態勢だね柾輝。僕とやろうっての?」

翼は片手を腰に当てながら、俺を見据える。隣では、 が親友と激しい戦いを繰り広げていた。






―親友が困ったときは、力になってあげたいの―






そうだ。俺は、あの時決めたはずだ。こいつの支えになってやろうと。

翼は今、自分の道に迷ってる。あいつがB・Tなんかにいて良いはずがない。

必ず取り戻してやる!

俺は自分のムチに神経を集中させ、さらに強力な武器を作る。さあ、準備は整った。

「お前しばらく会わないうちに頭おかしくなったのか?僕とやって勝てると思ってるわけ?」

「そんなのわかんねぇよ。俺は元からバカだしな」

「…何が目的だ」

翼の顔が一瞬にして険しくなる。たったそれだけでも、この場に居づらくなった。

「別に目的なんてねぇよ。ただ、あいつが言ってたんだ」

「あいつ?」

「白月の姫だよ。親友が困ったら助けないといけねぇらしい」

「何言ってんのさ、柾輝…」

「俺はお前の親友だって言ってんだよ!行くぜ、翼!!」

そう言ったと同時に、俺は翼に飛びかかっていった。すかさず翼が、ガードする。

絶対決まったと思ったのに、さすがは翼だ。そんな甘いもんじゃねぇな。

雷が落ちたかのような爆音が、屋上に鳴り響いた。





土煙の所為で、 の姿が見えない。彼女は今、どんな顔をしているんだろうか。

しばらくして、視界が開けた私は驚きを隠せなかった。

が―――泣いている。


「アタシハ ニ勝テナイ」

ガ居ルカギリ、アタシハズット『アタシ』ヲ見テハモラエナイ」

の手にまた新たなつぶてがセットされる。それでも、まだ涙は流れ続けている。

「……ん、こと…い」

「?」

「そんなことない!!!!!」

自分でも驚くほど大きな声で叫んだ。 の目が大きく見開かれる。

は私と違って手先も器用だし、誰とでもすぐ仲良くなれるし、明るいし、可愛いし…言葉じゃ言い表せないほど、 は私に無いものたくさん持ってるよ!!!」

「――違う」

「違わない!!二人とも、欠けてるとこなんていっぱいあるよ!!だから、私達は親友なんじゃない!」



「お互いを助け合ってこそ、私達は親友でいられるんだよ」



いつのまにか流れていた涙を気にもせず私は に思いをぶつけた。できるだけ穏やかに。

できるだけ優しく。

血が流れ出る足を懸命に支えて立ちあがり、私は両手を広げ、目を閉じた。

「それでも が私を消したいって言うんなら、私はそれに従うよ」

だって、これが私だから。 が望んだ私の姿だから。

は…どうしたいの?」

の手にあった黒いつぶてが姿を消し、代わりにその虚ろな目が生気を帯びた。

たくさんの涙を流しながら、 は小さく。でも確かに言った。

「―――――たす…け、て…!」

「わかった…」

その言葉に自然と笑みがこぼれ、私は微笑んだ。今にもちぎれてしまいそうな足を引きずるようにして、私は一歩一歩、 に近づいていく。

「だめよ、 !!!その膜に入ってしまったら、いくら白月の君であるあなたでも…」

有紀が叫んでいるのが聞こえる。それでも私は、歩く事をやめなかった。

「大丈夫…大丈夫…」

その言葉は有紀に言ったのか、自分に言い聞かせたのか分からない。けど、私は確かにそう呟いていた。

黒い幕に近づくにつれ、まるで電気が走ったかのように、身体が痛む。もう少し、もう少し…

…もう、やめて――」

が小さく言う。それでも私は を安心させるように微笑んで、ついには膜の中に身体を全ていれこんだ。

「うっ!!!!」

まだそれほど長くは生きてないけど、人生で一番の痛みを感じていた。今までとは比べ物にならない。

…大好き―」

涙の止まらぬ の目を見つめながら、私は彼女を抱きしめた。

その瞬間、私は自身の中から優しく、暖かい力が流れ出るのを感じた。

やがてそれは黒い幕を、ついには屋上全体を包み込んだ。遠くで、小さく何かが破れる音がした。

!!!」

駆け寄ってきた有紀によって、私はなんとか地面へ倒れることを免れた。身体に力が入らない。

「有、紀… …は?」

「大丈夫、ちゃんと生きてるわ…」

「そっか…よ、かっ・・た」

が生きてる。元に戻ったんだ。よかった。心の底から嬉しかった。

有紀の涙が私の頬に流れるのを感じながら、私は意識を手放した。





「っ!!!」

とてつもなくまぶしい光が屋上を包み込んで、僕の視界は一瞬真っ白になった。

ゆっくり目をあけて他の二人が戦ってるところをみると、白月の姫が の黒涙を浄化し終わったところだった。

おいおいホントかよ。あれ一応僕の力の半分以上を注ぎ込んで作った特注の黒涙なんだけどな。

それを破るとは、なかなか骨のある奴じゃないか。ますます面白い。

僕は自らの武器であるロングソードを消滅させると、柾輝に向き直った。

こいつも相当な力を使ったらしい。もう立ってるだけで辛そうだ。

「どうした?もう、降参か?」

「バカなこというなよ。本来の目的が達成されたんでね。これ以上やるのは時間と体力の無駄だろ?」

「っ!逃げんのか!」

「まぁ、そういう事にしといてあげるよ。それじゃあな、柾輝――」

「待て!翼!!」

静止の声をかける柾輝をあっさり無視して、僕はその場から姿を消した。

柾輝にだけ聞こえるように、メッセージを残して。


バタっ。その効果音がこれほどまでに当てはまる倒れ方は他に無いんじゃないかってほど、俺は気持ちよく倒れた。

「黒川!!」

小島がダッシュで俺のところに駆け寄ってくる。それでも、俺は顔をそっちに向ける気力も無かった。

「大丈夫…なわけないか」

「生憎な」

「でも、その顔じゃあ、結構手応えあったみたいね」

相変わらず勘がいいな。こいつは。

俺は、返事をする代わりに軽く笑って見せた。

「あ〜あ…疲れた」

「そりゃそうよ。あんだけ本気に戦ったんだから」

「これからどうすっかな」

「とりあえず応援呼んだ方が良さそうね」

「じゃ、それまでちょっと休んどくわ」

「はいはい。お疲れ様」

小島がケータイで話す声を聞きながら、目を閉じる。そしたら自然と、あいつの顔が浮かんできた。

あいつ、翼は確かに言ったんだ。消える瞬間、小さく。

ホントに、いつまでたっても強がりだよな。













「俺もお前のことは親友だと思ってるよ」