明かされぬ過去
先の見えぬ未来
それじゃあ今は
現実を生きる俺は
どんな存在なんだろう
+黒い涙と白い月+
B・TとW・Mの最終決戦。は、トーナメントのときに自分を捕らえていた真田一馬と激しい戦いを繰り広げていた。
一馬の勾玉は彼の意思により、剣、槍、ムチ、弓、盾のいずれかに変化する。守りも攻めも兼ね備えている武器に、は悪戦苦闘していた。
しかし、今や完全態となったのブレスレットもいくつかの武器に変化させることができる。だが、それにはいかんせん、経験値が足らなすぎた。
今一馬は、勾玉をムチに変化させている。対するは剣。これが一番使いやすい。
一馬のムチがほぼ垂直に振り下ろされた。それをすばやく避け、は一馬の左へと回り込む。そして、わき腹に向けて一気に切り込んでいった。
「甘い」
その言葉通り、一馬はその攻撃を軽々とかわし、逆にムチをに当てる。
「っ・・!!」
右肩に走る激痛をこらえ、数メートル飛ばされたところでなんとか止まった。やはり数百年もの間戦い続けてきた一馬と元はこの世界の住人ではないでは、実力の差がありすぎる。
どうすればいいか。戦術を考える余裕など、にはなかった。ただ今は、目の前にいる一馬を倒すことのみに神経を集中させている。
(使ったことないけど、やってみるか・・・)
は心の中で覚悟を決め、ブレスレットに気持ちを移した。頭の中で描くイメージ。そしてそれは、形となっての手に現れた。
「何!弓だと!?」
まさかあのブレスレットが自分と同じ効力を持っているなんて思いもしなかった一馬は、白く輝く弓の存在に驚きを隠せない。
のブレスレットがこの勾玉と同じだとすれば、やはりこの武器を与えてくれたのは・・・。
完全ではない一馬の記憶が、再び謎を訴える。もしこの勾玉がからもらったものだとすれば、自分の記憶は全て見せられていないことになる。
榊さんは俺を裏切ったのか・・・?
いろいろな考えを頭の中でめぐらせている最中、ふと気付けば鋭い弓の先がすぐ目の前まで迫ってきていた。急いで回避するが、それでも避けきれず結局左腕に深い傷がつく。
(くっ・・!俺としたことが、戦いの最中に何余計なこと考えてんだ!)
痛みで余計な思考が停止し、一馬は再び戦いに集中する。今はW・Mを倒すことが最優先。他のことなど考える必要も価値もない。
ようやく来たW・M壊滅のとき。失敗するわけにはいかなかった。
弓も初めて使ったわりには、かなり使いこなせる。これで使える武器が二つに増えた。いや、盾も入れれば三つだ。
は弓を剣に変え、間合いをつめようと一馬へ近づいていく。さっき受けた右肩は痛むが、それは一馬の左腕に深手を負わせたことで互角となった。
そして、一馬も武器をムチから剣へと変えた。互いに剣と剣。そして同じような深い傷。経験の差では一馬に分があったが、は白月の姫。その勝負強さを持っている。
ピリピリとした緊張感があたりを支配した。と、そのとき。の頭にトーナメントのときと同じ激痛が走る。
「う・・わぁ・・!!!」
剣を落として、は頭を抱えた。
「!!」
隣で結人と戦っていたがの名を呼ぶ。このチャンスをものにしない手はない。一馬は一気に間合いをつめ、うずくまるの頭上に剣を構えた。
「悪いな。これで最後だ」
心がひしひしと痛むのをこらえ、一馬は剣をおろす。しかし、その剣は寸前で止まっていた。
「なんだと!?」
の剣と一馬の剣。それぞれが光り輝き、互いに反応し合っている。頭を片手で押さえながら、も顔を上げた。
「どういうこと・・・?」
目の前に転がっている自分の剣と触れる寸前で止まっている一馬の剣。どちらも光り輝き、ピクリとも動こうとしない。もしかしてこれは・・・。
「W・S・・・?」
西園寺に頼まれてたちが行ったW・S探し。本部管理室で見たブレスレットとW・Sの融合に、この現象はあまりにも酷似していた。
もし一馬の勾玉がW・Sだとすれば、なぜ彼が持っているのか。それは西園寺が探していた四つあるW・Sの最後のひとつということになる。
そんな貴重なものをなぜB・Tが・・・。
「くそっ!」
一馬はいったん剣をムチに変える。すると光は解け、もとのように動くようになった。
どうやらと一馬の武器が同じ武器なったとき、お互い反応するようだ。これで、どちらとも使える武器が限られてしまった。
いざとなればまた同じ武器に変えて相手の動きを止めればいい。しかしそれは相手とて同じこと。決定打を加えられない。
互いに再び充分な間合いを取る。は剣、一馬はムチ。どちらも殺傷能力は高かった。
さっきの頭痛といい、剣といい、この真田一馬という少年とは何かあるようだ。は自分の知らない何かを感覚的に感じ取っていた。
それが何かはわからない。だが、知らなくてはならないようなこと。
思い出したい何かがある。だが、思い出してはならないようなこと。もし、思い出してしまったら今の自分には戻れないような気がしていた。
ドクン、と一馬の心臓が高鳴った。これはと戦う前にもあったことだ。胸騒ぎのような、変な感じがする。
ドクン、ドクン。
様子がおかしかった。自分が自分でないような気がした。一馬は一度剣をおろし、胸に手を当てる。心臓がものすごい速さで動いているのがわかった。
「一馬・・?」
一馬の異変に気付き、嫌な予感がしても剣を下ろして呼びかける。一馬の顔は青ざめて、身体は震えていた。
「う・・・っ!!!」
一馬の剣が音を立てて地面に落ちる。ドクン、ドクン、ドクン。鼓動は鳴り止まない。
「一馬!!」
結人の声が聞こえた。一時場が騒然となり、他に戦っている親友達も一馬の異変に気付いた。
制御が利かない。得体の知れない何かが身体の中を這いずり回っている。やがて目の前がぼやけてきた。頭が割れそうになる。
「うわぁあぁ・・・!!!!」
膝を突き、頭を抱え、叫ぶ一馬。その目はどこか宙をさまよっていた。
「!今や!」
昭栄の声で、我に帰る。そうだ、これはチャンス。この隙に倒してしまわなくては自分に勝機はない。
卑怯な気がして、心が痛んで、それでもは一瞬にして間合いをつめ、一馬の頭上から剣を振り下ろした。
「一馬ぁ!!」
ユンの声が場に響く。しかし、その剣は一馬の頭上に突き刺さることはなかった。
「え!?」
膝をつき俯いたまま一馬は素手で剣を受け止めていた。それでも手のひらからは一滴の血も流れていない。
剣を掴んだまま一馬はゆっくりと立ち上がる。そして顔を上げ、と目線を合わせた。
「!!!」
はその目を見てとてつもない恐怖を感じた。生気のない真っ暗な瞳。いつもの一馬ではない。それに加え、人間としてはあまりに暗い気を感じた。
まさに悪魔。これが本当の悪魔なのかもしれない。
「一馬・・・」
英士は日生との戦いの最中、一馬の変化について考えていた。そしてたどり着いたひとつの心当たり。
記憶を見せたと同時に榊が入れたという新しい黒涙。その効果が今ごろ出てきているのかもしれない。
だとしたら、今の一馬はもう一馬ではない。
完全に黒涙に飲み込まれたB・Tの中のB・T。いや、悪魔の化身。
かつての一馬に戻ることは、不可能に等しかった。
東の地では、今も激しい戦いが繰り広げられていた。
不破の長い槍と風祭の尺杖が鋭い音を立ててぶつかり合う。データ管理と能力鑑定とはいえ、その戦闘能力は確かなもの。かなりハイレベルな戦いだった。
「不破くん!なぜ君はB・Tなんかに入ったんだ!」
激しい戦いの中、風祭は必死に不破へと呼びかける。その言葉に不破は全く表情を変えず、同じ攻撃を繰り返していた。
かつては東の学府院でともに過ごし、ともに笑いあった大事な仲間。水野、小島、不破、そして風祭。毎日笑いあい、毎日語り合った信頼できる親友。それが今は、こうして戦いあっている。
なぜこんなことになってしまったのか。なぜ不破はB・Tへ入ってしまったのか。風祭にはそれがわからなかった。
「Dispar of nightmareを起こしたのはB・Tなんだよ?それで僕らは全てを失った」
あらゆる角度から不破の槍が突き出してくる。
「それなのになぜ君は、B・Tなんかに入ってしまったんだ!」
「風祭。人には何よりも優先させるべきものがある。俺の場合、それは知的好奇心だ」
槍の矛先が風祭の首をかすめ、彼はその場にうずくまる。一筋の血が流れ出したが、それでも風祭はしっかりと不破を見据えていた。
何事にもあきらめを知らない。そんな風祭に不破はとても興味があった。
なぜここまでして目的を真っ向から成し遂げようとするのか。ずるい手など一切使わず、己の力と努力のみで、自分のなさんとすることをやり遂げる。
だから学府院でも一緒に行動していた。だが、俺にはまた別の興味が現れた。
B・T。Dispar of nightmareを起こし、世界の全てをぶち壊しにした悪の組織。
最初は俺だって怒りは感じた。だが、それは次第に興味へと姿を変えていく。なぜ世界を支配しようとたくらむのか、なぜDispar of nightmareを起こしたのか。
次から次へと溢れていく好奇心は止まるところを知らなかった。だからB・Tへと志願した。ただそれだけのこと。
それなのに、なぜ風祭は俺をB・Tから引き離そうとするのか。かつての仲間?それはただ興味があったから。特に仲間意識などもっていなかった。
少しだけ、笑った時間が長かっただけだ。
「今俺の好奇心はB・Tへと向いている。それがなぜいけない?」
「この世界を壊したB・Tに好奇心なんて持っちゃダメだよ!悪魔の手先なんだよ!?」
「そんなこと俺には関係ない。ただ俺は、自分の知識と能力を高めるため。そして自分の知的欲求を満たすためだけにこの組織に入っている」
「じゃあなんで僕らW・Mと戦っているの?」
「計画上邪魔なだけだ。それ以外の理由はない。わかったか?風祭」
俺はもうB・Tの人間なんだ。ここまできて後には引けない。俺はお前と違って、目的のためなら手段を問わない。
わかってくれ。W・Mには俺の知識を満たすものが存在しなかっただけなんだ。
「そんなの間違ってるよ!」
風祭の尺杖が、不破の槍を捕らえる。一瞬槍を落としそうになったが、なんとか持ちこたえてまた構えを元に戻した。
「不破くんは知的好奇心のためだけにっていうけど、今の不破くんはそれ以外のこともやってしまってるじゃないか!それじゃあ他のB・Tと何も変わらない!」
「違う。俺は自分のことしか考えていない。他のB・Tとは関係ない」
「お前らといたのも、己の興味のためだ」
その言葉を聞いたとき、風祭の動きが止まった。そしてゆっくり尺杖を地面に置いた。
「どういうつもりだ」
「僕は不破くんの友達だ」
芯の通った声。前にも聞いたことのある言葉。これは、学府院で聞いた。あの笑顔と一緒に聞いた言葉。
「僕は不破くんを信じてる。不破くんは僕を殺さない。それを今、照明してみせる」
「おろかだな、風祭。俺はお前を殺す。早く武器を取れ」
「とらない。不破くんは絶対に僕を殺さない」
風祭の目は真剣そのものだった。不破は自分の中にある戸惑いを隠せない。
なぜこんなことをする?こんなことをして何になるんだ。
だが、風祭がせっかく自ら作ってくれたチャンス。これを逃すわけにはいかない。早く殺して・・・殺して・・・。
不破は槍を構えた。そしてその矛先を風祭の心臓に向ける。
ひとつきするだけで、俺は風祭の命をとることができる。それと同時にこの場はB・Tの勝利となる。
簡単なことだ。今まで幾度となくやってきたことなのに。
なぜ手が震えるんだ・・。
「なぜだ・・・」
「不破くん・・・」
「なぜ、手が震えるんだ。なぜ俺は風祭を殺せない・・・?」
「それは僕らが友達だからだよ、不破くん」
「とも、だち・・・?」
ありえない。友達など。俺はただこいつらを興味の対象としか見てなかったはずだ。
それが友達・・?わからない。
「友達に理由なんかいらない。不破くんにとっては興味の対象としか見てなかったとしても、僕らはちゃんと友達なんだ」
風祭は笑った。あの日と同じ笑顔で。
そうか、これが友達か・・。
不破も小さく微笑んだ。それはあの日の思い出を見ていたから。だが、今確かに嬉しさを感じ取っていた。


