あの頃の世界はとても狭くて
















外の広さも 人の優しさも
















まったく知らなかった
















ただ知っていたのは
















この世界の
















汚さだけ
















































































黒い涙白い月








































































昔。あの憎らしい親父から勉強ばかり強いられていた俺の前に、一人の少年が現れた。

そいつは毎日俺の部屋へ尋ねてきて、毎日いろんなことを教えてくれた。

部屋の中にいるとわからないことばかり。いろんな遊び、外の様子、街の活気。とにかく、あいつは俺にとって最初の友達・・・親友だったのかもしれない。

だけど、あいつは・・・。

「ボーっとしとったらあかんで!たつぼん!」

「くっ!!」

昔の回想に浸っていた水野の目の前に、巨大なソードが襲い掛かる。なんとか間一髪のところで避けたが、改めてシゲの凄さを思い知った。

お互い、充分な間合いを取り、一時睨み合いとなる。だが、シゲの表情は相変わらず余裕なもので、水野にとっては不快なことこの上なかった。

「トーナメントん時より、だいぶ腕上げたな。たつぼん」

「たつぼんって呼ぶな・・・!」

「そないピリピリせんでもええやんか。つれへんなぁ」

「うるさい!!」

シゲとの間合いを一瞬にしてつめ、水野の両手にあるソードがうねりを上げた。

「たつぼん、ノリックも言っとったけど、俺達は情報屋やで?」

「・・だからなんだよ」

「それに加えて俺はたつぼんの親友や」

水野の両ソードがシゲの頭上で交差する。そしてそこから一気に振り下ろそうとした瞬間。シゲのソードが水野のわき腹に当てられる。

「お前の弱点なんて、お見通しや」

小さく呟いたその言葉と共にシゲはソードを振りぬいた。

「ぐわぁあぁっ!!!」

激痛に思わず膝をつく水野。しかしシゲはこの絶好のチャンスに攻撃を仕掛けようとはしなかった。

水野が顔をあげ、シゲをにらみつける。嫌悪、恨み、そして少しの悲しみ。混沌とした瞳をシゲに向けた。

「降参したほうがええんとちゃうか?」

「・・・ひ、ひとつだけ・・・訂正、してやる・・・!」

「何を?」

「俺はお前の・・親友じゃない!」

ソードを頼りに立ち上がると、水野は鋭くそう言った。シゲの目に一瞬だけ悲しさが揺らぐ。

再び二本のソードを構えて体制を立て直す。さっき受けた傷は相当深いようで、出血が酷い。このままでは倒れてしまうかもしれなかった。

それでも水野は戦うことを止めようとしない。それはシゲも同じだった。

二人の間に緊張感が漂う。どちらが先にしかけるのか。それは水野のほうだった。

まるで剣が舞っているような剣さばき。だいたいの相手はその自由奔放な動きに翻弄され、倒されていく。

だが、シゲはその剣先ひとつひとつを完全に見切り、交わしていく。それどころか隙あらば攻撃を仕掛けられる余裕すら持っていた。

戦いにおいて冷静さというのは、とても重要なもの。それを持っているシゲと熱くなってしまっている水野では、もはや勝敗は決していた。

「たつぼん。お前が俺に勝てへんことは、自分が一番知っとるやろ」

「・・・・何がいいたい」

「辞退しろ言うてんねん」

先ほどとは全く別の鋭い眼つきで、シゲは水野を睨みつける。その目に水野は少しひるむがそれでも構えは降ろさない。

「嫌だ」

「はぁ・・・そういうと思ったわ」

まるで自分のことを全て知っているかのような口ぶり。それもまた、癪に障る。いつもそうだ。シゲはいつも余裕があって、ひらりひらりとかわしていく。

自分とはまるで正反対。あのときだってそうだった・・・。















「俺はどっちにも属さん」

Dispar of nightmareの後、水野がW・Mの入団を決意したとき、あの店でシゲははっきり言った。

唯一残った街で一番人気だった店。今にも崩れそうなこの店で、シゲと水野は二人きりで話し合っていた。

「どういうことだよ!どっちにも入らないって!」

てっきり自分と同じくW・Mに入ると思っていた水野は、その言葉に驚きを隠せなかった。

水野の怒鳴り声にも全く動じる様子はなく、シゲは先を続ける。

「俺は嫌やねん、そういうの。B・TだのW・Mだの、おかしいと思わん?」

「俺達の街をこんな風にしたのはB・Tなんだぞ!?それを倒そうと思って何が悪いんだよ」

「別に悪いとは言ってへん。くだらないっちゅうことや」

「くだらない・・・・?」

シゲは一度だけ頷いて、席を立った。そして店のカウンターに置かれた一枚の硬貨を手に取る。

「世の中を動かすんは利益や。ようするに金やな。俺はB・TにもW・Mにも属さん。せやけど、どっちにも属す組織を創るんや」

「どういう意味だ?」

硬貨を指で弾き飛ばし、宙を舞う硬貨を手に取った。そして水野を見つめ、にっこりと笑った。

「情報屋や、たつぼん」

「情報屋?」

「B・TにもW・Mにも金さえもらえればどんな情報でも調べたる。あくまで中立な立場。そんな組織を作るんや」

その目は今まで見たことのない、希望に満ちた瞳だった。

しかし水野にはわかっていた。この職業がどれだけ大変なことなのか。どちらにも属さない彼らが一番扱いやすいコマになってしまうことなど、目に見えている。

それをシゲは言わなかった。肝心なことはいつも言わない。昔からいつもそうだった。不器用な奴だった。













「B・TにもW・Mにも属さないといったお前が、こうもあっさりB・Tにつくとはな」

「確かにそう言ったかもしれへんけど、金で動くとも言ったで?」

くっ!と水野は唇を噛む。こんなやつ、親友じゃない。だけどどうして?なぜこんなにもイライラするんだろう。

シゲは初めて世界を見せてくれた相手。初めての親友。

だけど今、そいつはB・Tにいる。自分と対峙している。どうして・・・どうして・・・。

「俺はまだ、お前のこと親友だと思ってるのかもしれない・・・」

本当に小さな声で言った水野の言葉はちゃんとシゲの耳に届いていた。

シゲはソードを降ろし、ため息をつく。そして頭をガシガシとかいた。

「ホンマ、不器用な奴やなぁたつぼん」

「な、なんだよ・・」

「たとえ相手が誰だろうが親友は親友やろが。そないなこともわからんのか?」

ソードの切っ先を水野に向け、シゲはしっかりとした声で言う。

「今はB・Tやけど、俺は藤村成樹や。そこは変わらん。そしてお前はいつまで経ってもたつぼんや」

「シゲ・・・」

「せやから俺らは、いつまでたっても親友なんや」

そうか。根本は変わらない。たとえどこに属していようと、シゲはシゲなんだ。

水野は片方のソードを捨て、もう一度シゲに向かって構えなおす。シゲもふっと笑ったあと、同じようにソードを構えた。

「ほな、気の済むまで戦いましょか♪」

「あぁ!」

二人の間に、もう前のような緊張感はない。

あるのは、ただ親友という強い絆だけだった。

















































































剣を止められたと生気を失った一馬のにらみ合いは続く。

の剣を受け止める力は、今までの比ではなかった。そしてあっさりの剣を跳ね除けると、すぐに立ち上がり、今度は一馬から仕掛けてくる。

縦横無尽に動くムチをなんとかかわしながら、攻撃の機会を窺うが、一向に隙を見せない。

突然苦しんだと思ったら今度はこの強さ。それに一馬の目には前みたいな人間の輝きがない。

いったい一馬に何が・・。には見当もつかなかった。

「一馬!」

あらゆる方向から飛んでくるムチを避けながら、は一馬の名を呼ぶ。だが一馬は答えようとしない。

ただ一心不乱に攻撃をし続けるだけだ。と、そのとき。一陣のムチがの右肩に直撃した。

「くっ・・・!!」

かなり遠くまで飛ばされたは、なんとか持ちこたえて体制を立て直す。

おかしい。今までの一馬とはまるで違う、別人だ。

あの頭痛、いったい何があった?これはまさしく悪魔。そう悪魔の力・・・。

英士たちの様子もおかしい。自分の戦いはさておき、一馬のことを気にしている。だとすると、一馬に起きたこの現象はB・Tでさえ考え付かなかったこと。

右肩の激痛に耐えながらは必死に思考をめぐらせる。そして、あるひとつの結論に達した。

(これ、真由美のときと同じだ・・・!)

黒涙をはめ込まれた真由美も、こんな風に生気のない目になっていた。

とすると一馬は黒涙に操られている・・・?

!!」

の声で我に帰る。だが、時すでに遅し。一馬のムチによって剣がはじかれてしまった。

の手から遠く離れた剣は元通りのブレスレットに姿を変える。まずい・・。相手が凶暴化している上に武器まで奪われてしまったら、もう打つ手はない。

出血の止まらない右肩を押さえながら、は一馬から目を逸らさずにいる。体中から「不」のオーラが出ている一馬。やはり黒涙に操られているのか。

「一馬・・・・」

なんの反応も示さないまま、一馬は勢いよくへと向かってくる。

いよいよここまでかと覚悟を決め、はぎゅっと目を閉じた。











刹那、一馬のムチが振り下ろされた。