やっと会えた
待ち焦がれていた
ずっと会いたかった
ようやく出会えたあなたは
私の一番大切な――
+黒い涙と白い月+
ものすごい轟音とともに、土煙が舞い上がる。硬く目を瞑っていたは、いつまでたっても感じられない痛みを疑問に思い、目を開けた。
の頭上、わずか数ミリというところで一馬のムチは止まっている。がムチから一馬へと視線を移せば、そこには苦しそうに武器を構える一馬の姿があった。
「や・・・めろ・・・!!!」
いつもの一馬だ。目にはまた生気が戻っている。しかし、相変わらずその手は今にもを殺そうとしていた。
己の中にある黒涙と自我の葛藤。制御の利かない自分の力に、一馬は戸惑いながらもなんとかこうして戻ってこれた。
一馬の動きが完全に止まっている間に、は自分の武器を取り返す。の手に再び戻ったブレスレットは瞬時に白く輝き、今度は弓へと姿を変えた。
すっと背筋を伸ばし、弓を構える。そして一筋の矢を一馬の両手めがけて放った。
「うわ・・・っ!」
痛みとともに一馬がムチから手を離す。その武器もまたもとの勾玉に戻った。
すると、また一馬に黒涙の支配が襲う。頭を抱え、うめき声を上げながらうずくまった。心臓の音が大きく聞こえる。
「うぉおっ・・・!!!!」
しばらくして立ち上がった一馬の目は、黒くよどんでいた。まさにその姿は黒涙そのもの。一馬はの目を見てニヒルな笑みを浮かべた。
それが何を意味しているのか、にはわからなかった。しかし、次にとった一馬の行動を見て、は全てを理解する。
武器だ。一馬は一度はじかれた自らの武器を取り返そうとしている。と一馬、両者一斉に転がっている勾玉に向かい走り出した。
もう一度今の一馬が武器を取り戻したら、力の差は明確。に勝ち目はない。
なんとしても一馬の武器を奪取する必要があった。は思いっきり勾玉に向かってダイブする。
間一髪、一馬よりも先に勾玉をとることができた。が、しかし。次に異変を起こしたのはのほうだった。
「!?」
の声がの耳に届く。だが、の動きは止まったまま。しばらくして、の手にある勾玉が白い光を放ち始めた。
W・Sの融合のときに見た光と同じ。やはり一馬の武器はW・Sのかけらだったのだろうか。
の手は白く輝く勾玉を手にしたまま、自然と空へ吸い寄せられていく。
大きく掲げたの手は、やがて辺りを白い光で飲み込んでいった。自身、どうしようもないこの状況。始めは戸惑っていたが、しだいに勾玉のなすまま身体を預けていた。
―――・・・てる、
頭の中に響く声。トーナメントのときにも聞こえてきた、懐かしく寂しいこの声。
鮮明に呼んでいる。誰かはわからないけど、確かに呼んでいる。
遠く、近く、儚く、でもしっかりと。不思議な声。トーナメントのときよりも近くに感じた。
は白い光の中、手のうちにある勾玉を見つめた。なぜかまぶしくはない。神々しい光。心地よかった。
『・・・』
「誰?」
初めて呼びかけに答える。すると光の中から誰かの手が伸びてきて、の頬をなぞった。
顔は見えない、だけどたぶん男の人だろう。ごつごつとした手が懐かしく感じる。
「やっと・・・会えた――」
頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。そう、やっと会えたのだ。
いつも近くにいるようでとても離れている、そんな存在があった。確かではない、だが確かにあった。
白い光の中から出でる手に自分の手を合わせながら、は涙を流す。一粒の雫が地面に落ちて、そしてはねた。
「いやぁあぁああぁぁっっっ!!!!!!!!」
その瞬間、頭の中に強大な力が入ってきた。記憶、悲しみ、苦しみ、愛しさ、全ての感情が無理やり押し込まれている感じだ。
相変わらず手を掲げたまま、もう片方の手だけで頭を抑え、声の限りに叫び続ける。
白い光の所為で何が起こっているのか全く把握できていない他のW・MとB・Tはただまぶしさに目をくらませていることしかできなかった。
「ー!!」
の叫び声を聞いて、がその名を呼ぶ。だが返事はない。聞こえてくるのは苦しそうな叫び声だけ。何かあった。その原因があの勾玉に隠されていることは、もはや明白だった。
の元へ進もうとするが、その度にものすごい風が行く手を拒む。視界も開かない。前にも進めない。にできることは、もうなかった。
は泣きながら叫ぶ。そして全てを理解した。
という存在。それはかつて・・・・。
光がしだいに消えていき、完全にもとの状態に戻ったときにはもうは倒れていた。
その手に握っていた勾玉は消えている。その代わり、の手首にはめられているブレスレットが白く輝いていた。
何が起こったのかわからない達。光が収まっても彼らは戦いをやめ、ぐったり横たわっているを見つめていた。
誰も動こうとしない。いや、動けなかったのだ。そんな中、一馬だけはあの虚ろな目を携えたままに近づいていった。
「か、ずま・・・?」
結人が小さな声で一馬の名を呼ぶ。しかしその声にも答えないまま、一馬はを抱き上げた。
倒れてもなお、涙を流し続けているをしばらく見つめたあと、一馬はゆっくりとみんなのほうへ向き直った。
その瞳を見た全員が怖さを感じる。W・Mはもとより、長年付き添ってきたB・Tですら、こんな表情みたことがない。
そこに映るは果てしのない闇。どこまでも深く、誰よりも悲しい真っ黒な感情。覇気のない顔つき、黒い空気は一馬の全てを包み込んでいた。
誰も一馬には近づけない。一歩でも動いたら、一馬は何をするかわからなかった。
「ゴメ・・・ンナ・・・」
表情を全く変えず、口だけ動かして一馬はそう言った。それは一馬自身の言葉。黒涙に操られている中でかすかに残っている最後のかけら。
その言葉を最後に、一馬は北の廃墟から姿を消した。まるで鳥が飛び立つかのように、すんなりと一馬はいなくなる。
と共に消えてしまった一馬の行く先など、誰も知らない。後に残った者たちはただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
何も言えない。誰も動けない。それは、あの闇を見てしまったから。
北の廃墟に静かなときが流れていた。
壊れた教会の十字架が、月明かりに照らされて白く光る。そんな中、南方のメンバーは未だ激しい戦いを続けていた。
藤代の放ったチェーン付のソードが右から三上へと襲い掛かる。それと同時に渋沢の暗器が左からカーブを描いて向かってきた。
「はっ!あめぇよ!!」
三上はムチを二本とも振って、両方の武器をはじく。だが、そのとき渋沢が放ったもう一方の暗器が三上の頬を掠め取った。
「甘いのはどっちだ?三上」
「けっ、相変わらず嫌な武器だな渋沢」
すっと流れ出る一筋の血を拭い、渋沢を睨み付ける三上。それにひるむことなく、渋沢は暗器を再び構えた。
「三上先輩、もう降参してください。いくら三上先輩でも2対1じゃ勝ち目ないっすよ」
「うるせぇバカ代。誰に向かって言ってんだ?俺は三上亮。B・T一の実力者だぜ?」
ニヒルな笑みと共に三上のムチが舞い上がり、二人同時に攻撃を受ける。そのムチはまるで生きているかのようにうねり、襲い掛かってきた。
避けるのに精一杯で、一向に手が出せない。さすがはB・T一の実力者を名乗るだけのことはある。
無駄のない攻撃に二人が戸惑っている間も、隣ではカズが設楽と戦っていた。
「残念だな。俺、お前のこと結構信用してたのに」
「ありがとう、とでも言って欲しいんか?」
互いに傷つき、ぼろぼろになりながらもなんとか立っている。実力は互角。カズも元はB・Tのメンバーだっただけあって、設楽の隙は知っている。
だがそれは設楽も同じ。お互いに知り尽くした相手を持ち、こちらも苦戦が続いていた。
カズが再び弓を構え、矢が現れる。それと同時に設楽も気孔術の構えを取った。
「ひとつ、聞きたかことがあると!」
「なんだ!」
カズは設楽の気孔術を避け、設楽はカズの矢を避けながらも会話を繰り広げる。
カズの頬に熱いものが当たるのと時を同じくして、設楽の右腕にも傷ができた。
「お前は、なして・・・B・Tに入ったとね!」
「んだよ、そんなことか!」
ドン、という低い音と共にカズが後方へと吹き飛ばされる。設楽の気孔が腹に当たったのだ。口から少し血が溢れる。
フラつく身体を支えながらカズが立ち上がると、設楽は片足重心で立った。やる気のなさが全身からにじみ出ている。
しかしその目だけは、鋭く光っていた。
「理由なんてねぇよ」
「なんやと・・・」
「当たり前だろ。なんでいちいち理由がいるんだ?」
さっきカズから受けた傷を見て少し顔をしかめたあと、設楽はまたカズに向き直る。
「別にW・Mでもよかったんだ。だけど先にB・Tから勧誘があったからな。ただそれだけ」
カズはその言葉を返すことができなかった。熱いものが胸にこみ上げてくる。だがそれは嬉しさとか、そういったような感情ではない。
拳を握り締め、少し俯く。汚れた迷彩帽がカズの顔を隠した。
「・・・お前はそげんくだらなか理由で人ば殺してたと・・・?」
「あ?」
キっと鋭い目つきのままカズは顔をあげ、瞬時に間合いをつめた。そして握り締めていた拳で思いっきり設楽の頬を殴りつける。
「俺は!散々迷ったあげくB・Tに入った!やのにお前は、そげん理由で人の命ば奪って、なんとも思わんのか!!」
「ってぇな・・・。あぁ思わないね。人なんて所詮いつか死ぬんだ」
あいつもそうだった・・。と設楽は心の中で言う。記憶に蘇るは、あの憎たらしい笑顔。
「簡単に奪って良か命なんて、この世になか・・・!」
「じゃあどうすればよかったんだよ!!!」
今度は設楽がカズに殴りかかった。
「あいつは・・・鳴海は死んだ!奪われたんだよ、命を!どうすることもできなかったんだ・・・!」
殴って殴って殴り通して、設楽は最後に振りかぶった拳を力なく降ろした。
「人間なんて、弱いものだろ・・・結局死ねばみんな同じだ」
その言葉はカズの胸に響いた。かつてDispar of nightmareにより死んでいった昔のチームメートの顔が浮かぶ。
「同じやなかよ」
「え・・・・」
殴られてボコボコになった顔をぎこちなく笑顔にして、カズは静かに言った。
「誰か一人でも自分がいたことを覚えていてくれる奴がおれば、死んだ奴も報われる」
「功刀・・・」
「俺は、死んでいった奴らを一瞬たりとも忘れなか」
カズの目には強い光が宿っていた。希望に満ちた、輝かしい瞳。そうか、同じじゃないんだ・・・。
設楽はふっと笑みをこぼして笑う。それにつられてカズもまた笑顔を見せた。
「俺も忘れねぇよ・・・」
あの憎らしい笑顔も、一緒に並んで帰った帰り道の会話も、遊んだことも全部。忘れない。
今、そう決めた・・・。
そのとき。北の方からまばゆい光が差し込んできた。太陽の光とは違う。もっと神々しく、明るい光だった。
「なんね!?」
カズがまぶしさのあまり目を閉じる。それはその場にいた全員がそうだった。
しかし、ただ一人この光に笑顔を浮かべている人物がいる。三上だ。
「ついにやりやがったな・・・」
嬉しそうに、またあのいやらしい笑顔を浮かべて三上は呟く。そしてすぐその場を後にした。
彼が目指したのはB・Tの総本部。
月明かりの元、ひとつの影が動いていた。


