前世からの定め
それは今も変わることなく
私の中に根付いている
この愛しさは
嘘じゃない
+黒い涙と白い月+
気が付くと、私はベッドの上にいた。身体を動かそうとしたけど、動かない。
ここはどこだろう。前にもみたことのあるような風景。W・Mの本部かな?だけど目の前に広がるのはW・Mの天井じゃない。
頭だけは動いたから、少し部屋を見渡してみる。
古臭い家具、薄暗い部屋。だけどどこか懐かしい。見れば見るほど、以前にもここと同じ部屋を見たことがあるような気がしてきた。
再び視線を天井に戻して、考えてみた。そして、思い出す。これはトーナメントが終わったときに夢でみた風景だ。
だけどなんで同じ夢ばかりみるんだろう。もしかしたら、これは夢じゃないのかもしれない。
そのとき、ふっと身体が軽くなった。まるで金縛りが解けたみたいに。
ためしに上半身を起こしてみると、すんなり起き上がることができた。いったいなんだろう、この夢は。私には全く覚えのない風景なのに、なんでこんなに懐かしいんだろう。
前にみたときと同じように窓の外を見ている。やっぱり、建物のつくりは日本じゃない。西洋風のものばかり。それに、とても寂れていた。
たしか、前の夢はあのドアから黒い「何か」が出てきて、それに飲み込まれて終わったんだ。
今度もそうなるのかな・・。だけど、あのドアからは何も出てくる気配はない。
夢の続き?でも、こんなことってあるのだろうか。夢の続きをみるなんて・・・。
そのとき、あのドアがノックされた。私はビクっと身体をこわばらせる。夢にしてはあまりにもリアルすぎる。
再度ノックの音がした。私は震える声を精一杯出して、はい、と答える。
ドアノブがまわされ、中に人が入ってきた。だけど、その人の顔はぼやけていて見えない。もっと怖くなって思わず手を握り締めた。
「?大丈夫か?」
どこかで聞いたことのあるような声だった。だけどそれも思い出せない。ただひとつだけ言えるのは、それがとても懐かしいものだということだけ。
その人――たぶん男の人、はベッドの近くにあった椅子に座って私を見つめた。とはいっても顔が見えないから、本当に私をみているのかはわからない。けど、そんな気がした。
差し出されたお茶を持って、私はそれが夢ではないことをようやく理解する。これはたぶん、私の記憶。トーナメントのときも、不意に思い出していたあの変な記憶の断片だ。
有紀に言われたことを思い出す。Dispar of nightmareの所為で、時が止まってしまっているって。
だったらこれは、Dispar of nightmareが起きる前の世界。つまり私は前世。
じゃあこの人は今・・・。
「なにぼんやりしてんだ?」
「え、あ、なんでもないの」
声が少し違うような気もしたけど、やっぱりこれは私自身。
ひどく身体がだるかった。もしかしたら、何かの病気にかかっているのかもしれない。
私の前世ってことは、やっぱり私は死ぬわけだからこの人とは生き別れってことになるのかな。それとも私もこの人もDispar of nightmareで死んでしまうのだろうか。
どちらにしろ、悲しい結末が待っていることには変わりなかった。
ふと、近くのテーブルにあった花を見て、とても愛おしく感じる。とても身近にあるような、そんな気がした。
「なぁ、」
「なに?」
「絶対、病気治してまた一緒に暮らそうな」
やっぱり、病気なんだ。そして私とこの人は一緒に暮らしていた・・・つまり同棲してるってことだよね。
悲しそうな顔が目に浮かんだ。そして、はっきりとわかる。
私はこの人を愛していた・・いや、今も愛しているのかもしれない。
それは理屈とかじゃなくて、気持ちが、心がそう言っている。この人が傍にいるだけで、さっきまでに不安が一気になくなり、落ち着ける。愛しい気持ちが溢れてくる。
私はその人の手を取った。暖かくて、大きな手。そしてゆっくりと自らの頬にあてる。
「大好き・・・」
名前も顔もわからない。だけど私はこの人を愛していた。ずっと一緒にいたいと思った。
その人は俺も、と小さく呟いてもう片方の手も私の頬に添えた。それがすごく自然で、長年の仲だということを感じとれる。
やっとわかった。トーナメントのときからずっと私の記憶に現れていたのは、この人なんだと。
前世の記憶だったんだ。私をずっと呼んでいてくれたのは・・・待っていてくれたのは他でもない愛しいこの人。
きっとこの人とは愛し合う運命だったんだと思う。それほど私は、この人を愛していた。
できれば名前と顔が知りたかった。そのとき、私は一馬に言われた言葉を思い出す。
「いつか、知るときがくると思う」
一馬たちの過去について、いつか知るときがくると一馬は言った。このことなの?だとしたらこの人は・・・。
私の思考がめぐっている間、不意に黒い光が辺りを包んだ。
「なに!?」
叫んだときにはもう遅かった。さっきまであった部屋も、顔のない愛しき人もいなくなっている。
ただ辺りには暗い闇が広がっているだけ。そこに私は浮かんでいた。四方を見渡しても何もない。不思議な空間だった。
最初に見た夢と同じ暗闇。だけどそのときは、現実世界に呼び戻されたはず。
じゃあこれはいったい何?
さまざまな不安が頭をよぎった。目は見えているのに、真っ暗。たけど確かに見えてはいる。
黒い部屋に押し込まれた窮屈さがあった。
「・・・」
誰かに呼ばれた。それが誰かはわからないけど、確かに呼ばれた。
「誰!?」
大声で叫んでもただ私の声が響くだけ。周りには誰もいなかった。
「あなたを待っていましたよ・・・」
女の人の、優しい声。
その刹那。目の前に黒い服を着た女の人が現れた。
B・T総本部。その巨大なビルの最上階に、一馬と三上はいた。一馬が抱えているのは意識を失っている。黒い長髪がどこからか吹く静かな風に揺れていた。
目の前の扉が開き、榊がゆっくりと歩み寄ってくる。口元には今から起こることを予測しての笑みが浮かんでいた。
「ご苦労だったな、真田」
榊の言葉にも一馬は微動だにしない。ただ前を見据え、暗く淀んだ瞳を持つだけ。三上も榊から一馬にはめ込まれた黒涙のことは聞いていたので、たいした驚きもなかった。
榊があごで左側にあるカプセルを示す。一馬の記憶を見せるときに使ったような巨大なものだ。一馬は虚ろな目でを抱えながら、カプセルの前に立った。
をカプセルの前に差し出すように掲げると、は黒い光を放ちながらカプセルの中に入っていく。そして、長い髪を水の中で揺らしながら黒い光を放ち続け、はカプセルに収まった。
「これでB・Tは勝ったも同然。あとはあちら側の世界にDispar of nightmareを起こすだけだ・・・」
榊は笑いを含んだ声で言う。三上もそれに頷いた。
ただ、一馬だけはを静かに見上げている。一馬の精神は完全に黒涙で支配されていた。もはやこれは本能だろう。その瞳は、こころなしか寂しそうに見えた。
一馬の後姿を見ながら、三上は小さくため息をつく。やはり前世からの運命は断ち切ることなど出来やしない。
俺にも幸せな記憶があればいいのに・・・。
内乱の記憶が蘇ってくるのを必死に抑えて、三上は榊に近づいた。
「榊さん、ゲリラ戦はほぼ拮抗した状態になっています。早めに黒涙を―――」
「あぁ、そうだな」
榊は右手を一度強く握ったあと、ゆっくり開く。そこに浮かんでいるのは、丸い黒涙だった。カプセルの中で静かに目を閉じているに向かい、それを押し込んでいく。
カプセルの中に入った黒涙は導かれるようにの胸へとはめ込まれていった。その瞬間、ドクンという大きな波動と共にが勢いよく目を開けた。
真っ直ぐに伸びていた黒髪はさらに長くなり、ウェーブがかかる。身にまとっていた服も、黒いドレスに変わった。つめの色も黒いマニキュアを塗ったかのようになる。
そしてなにより、その目。今の一馬と同じように、黒く淀んでいる。視点は定まらず、ただ宙をさまよっているだけ。
黒涙の君が誕生してしまったのだ。
「くっくっくっく・・・これで世界は私のものだ!!」
B・Tの本部に榊の高笑いが響いた。その声は、各地で戦っているB・Tのメンバーにも聞こえたのだろうか。悪魔の血が、騒ぎ出す。
「さぁ黒涙の君よ!その力、今こそ解き明かさん!」
榊の声と共にまたドクンという波動が今度は世界中に響いた。まるで波紋のように広く黒い意思が広がっていく。
その源はだった。黒涙の君となってしまったは、普通の黒涙より何倍もの強度を持つ黒涙を生み出すことができる。それを今戦っているB・Tのメンバーに送り込んだのだ。
もとよりB・Tへ入団したとき、すでに黒涙をはめ込まれているメンバーたち。それにさらなる黒涙をはめ込まれるということは、全員が一馬と同じ状態になってしまうということだった。
この世界を照らしている月が、黒い雲に隠れてしまった。
―――ドクン
「・・・ん?」
「なんだ、この感じは・・・」
「力がみなぎってくるようなぁ・・・」
―――ドクン
「あ、頭が・・・!」
「なんやこれっ!!」
「うわぁっ・・・!!」
―――ドクン
「・・んだよっ・・・こ、れ・・!!」
「これはっ・・・うぅ・・!!!!!」
―――ドクン
「まさか・・・黒涙の・・・うわぁ!!」
「ヨンサ!?・・・っあぁ!!」
「ったく・・・これからって・・・ときに・・っ!!!」
各地のB・Tが突如頭を抱え、苦しみだした。
強大な黒涙の力。それが彼らを支配しようとしている。
そして、姿を見せたのは・・・。
「これは・・・・・!!」
暗い目を持った、抜け殻だった。


