私はあなたを待っていたのです











何百年 何千年もの間











私は取り返しのつかないことをしてしまった











お願いです











どうかこれ以上












悲しみが増えぬよう・・・














































































黒い涙白い月





















































































「なにが起こったの・・・?」

「もしかしたら、もう手遅れかもしれない」

「どういう意味ね!みっくん!」

光宏は目の前に立ちふさがる結人、英士、潤慶の3人を見つめながら思った。

黒く淀み、虚ろな目。これは黒涙に支配された人間の反応と酷似している。しかし、彼らはB・T。黒涙をはめ込む側の人間が、このような状態になることは、もはやあれしか考えられなかった。

「黒涙の・・・君・・・」

光宏が呟いた言葉に、と昭栄が驚きの表情を見せる。

「それじゃあは・・!!」

「たぶん黒涙がはめ込まれたんだと思う。黒涙の君は全ての黒涙を生む源。だから、さっきの波動もきっとが・・・」

そう言ったあと、光宏は俯いた。

自分がいながら・・・護衛を任されていた自分がいながら白月の姫、いやを守ることができなかった。

これほど悔しいことはない。それは昭栄とも同じ気持ちだった。

そして、目標が定まる。トーナメントのときと同じようにB・Tの手のひらで踊らされてたまるか。なんとしてでもを取り返してやる。

3人は再び武器を構え、それぞれの相手をにらみつけた。

結人、英士、潤慶の3人も虚ろな目に自分の戦うべき相手を映している。

もう後戻りはできなかった。これはトーナメントのときとは違う。いくらW・Mが力を強化してきたとはいえ、黒涙の君により操られた彼らを止めることは至難の業だ。

しかし、やらなければならない。自分たちの世界を壊してきたB・Tを止めなくては、平和な世界はやってこない。その最後の望みである白月の姫を取り返さなければ。

光宏はDispar of nightmareの惨劇を思い出す。そうだ、こんな世界もうたくさん。

きっとまた昔みたいに平和で豊かな世界になる。そのためにはどんな手を使ってでも・・・。

「お前らを、倒す!!!!」

この日のために改良したブーメランを光宏は勢いよく投げた。光宏の対戦相手である英士は、それをさらりとかわし、代わりに銃を2発打ち込んだ。

とっさに分身の能力を使い交わしたが、英士は体制の整え方が異常なくらい早い。

これも黒涙の君の能力なのだろうか。トーナメントのときとは比べ物にならないくらい強くなっていた。

左手を手前に引き、ブーメランを英士の背後から襲わせる。だが、英士はそれもまた見ずにかわして逆にブーメランを光宏へとおみまいした。

すんでのところで何とかブーメランを受け止めた光宏は、手に赤い血が滲むのを感じる。すっと滴り落ちた。

銃に弾をこめる英士。しかし、その目も未だに生気は宿っていない。操り人形。真田のときと同じように、この人たちにも感情というものはないのだろう。

だとしたら相当厄介だ。語りかけ、平和的に解決する術がない。それに加え、痛みを伴うこともないだろう。

光宏は、自らの手からにじみ出る血を見つめた。どこまでも深い、赤。この赤がもう二度と流れないよう、今はただ戦うだけ・・・。

それとときを同じくして、隣ではも結人と戦っている。

結人の気孔術もかなりレベルが上がっており、破壊力も増していた。今までは何とか如意棒で受け止めていたが、このまま受け止め続けていたらいずれの武器がダメになってしまうだろう。

なにか他の手は・・。は必死に攻撃をしかけながらも頭を働かせる。

対戦したことのない結人でも、霊視の能力によりだいたいのパーソナルデータはわかった。結人の能力は変化。一度見たものなら、なんにでも変化できる力。

ガン!という鈍い音と共に、如意棒がまたも気孔術を受け止める。しかし、あまりに強大な気孔術のため、棒の端からもれた気がの身体に傷をつけた。

一度攻撃が終わったところで、互いに充分な間合いをとる。

気孔術は気を使うから、たぶん相当な集中力が必要になると思う。そしたら、その集中力を削ればいいんだ。

わかった。気孔術最大の弱点。

「はっ!!」

は如意棒を地面に突き刺し、力を注いだ。すると、ゴゴゴ・・・という地響きと共に結人の足場が揺れ始め、土でできた壁が彼の四方を囲む。

とっさのことに始めは戸惑っていた結人だが、気孔術で土の壁を壊していった。しかし、壁は次々と現れるため、なかなか全てを取り去ることができない。

今までまったくの無表情だった彼の顔にあせりの表情が見え隠れする。

そして、結人が一瞬後ろの壁を壊し、に背を向けたとき。はすばやく如意棒を引き抜いて炎の力を放った。

「ぐわぁっ・・・!!!」

背中に火柱が立ち、苦しみだす結人。は心苦しいと思いながらも、攻撃を止めることはしなかった。

だが、そこは黒涙に操られているB・T。瞬時に結人はある人物へと変化した。

「なっ!!」

が驚くのも無理はない。彼は自身に変化したのだから。

に変化した結人は如意棒の水の力を使い、背中に燃え上がる火柱を消し去った。

そしてまたに向き直り、結人の姿へと戻る。その口元にはニヒルな笑みが浮かんでいるが、相変わらず目だけは暗く淀んでいた。

「うおりゃぁー!!!!」

一方昭栄は、潤慶との勝負を繰り広げている。

金色の剣を糸により受け止める潤慶。一見潤慶が不利なように見えるが、形成はまったくの逆。昭栄は四方から仕掛けられる糸の攻撃に翻弄されていた。

さらに潤慶の糸は黒涙により強化されていて、昭栄の豪腕と剣を持ってしても、切れ目ひとつ入らなかった。

剣と糸がぶつかり合うたびに、潤慶はにっこりと笑ってみせる。しかしその笑みは余裕の笑みではなく、操られて、破壊を楽しむ者の狂った笑顔。

目は、一度も笑っていなかった。

「くそっ!なんて力ばい!」

剣を押し戻され、間合いを取った昭栄は悔しそうに呟いた。それに対して潤慶は相変わらず指に糸を絡めながら笑っている。

剣でも切れない頑丈な糸。しかもどこから来るのかは全くわからない。

「そや!!」

なにかを思いついたかのように、昭栄はその身体を大きく飛び上がらせ、潤慶のバックをとった。

「どこから来よるかわからんのやったら、わかるようにすればよかね!」

昭栄は自らの能力である拘束を使い、金色の輪を潤慶の両手足にかけた。これで潤慶は身動きがとれない。

卑怯な気がして胸が痛んだが、それをぐっとこらえて高く剣を構える。これを振り下ろせば昭栄の勝ち。潤慶は死ぬだろう。

そのとき、潤慶がふっと笑うのを昭栄は見てしまった。そして無機質な声で呟く。

「甘イネ・・・」

刹那、拘束の輪が四方に飛び散る。あっけにとられていた昭栄は逆に潤慶の糸によって動きを封じられてしまった。

「なして!!」

もがけばもがくほど、糸は身体へと食い込んでいく。その激痛に耐えながらも昭栄はなぜ拘束の能力が破られたのかを必死に考えていた。

原因は糸。潤慶の糸は拘束の輪と身体の間に出来たわずかな隙間に入り込み、輪をはじいたのだ。

しかしそんな芸当ができるものなど、昭栄の知る限りB・Tに存在しない。

やはり黒涙の君の力は大きかった。

手足を縛られている昭栄の目の前で、潤慶は楽しそうに糸を伸ばす。

銀色に光る糸は、月明かりのように綺麗だった。






























































































黒い部屋の中で浮かんでいたは、突然目の前に現れた美しい女性と向き合っていた。

黒いドレスにウェーブがかった長い髪。肌はすけるように白く、とても綺麗な人だった。

それにどこか懐かしい。初めて会った人なのに、そんな気がしない。それよりも、ずっと会いたかったような感じさえする。

「あなたは誰?」

の声はよく響いた。彼女はその質問を受け、長い髪をなびかせながらすっと目を閉じる。

「私はずっとあなたを待っていた」

「私を?」

自分を指差し、首を傾ける。その答えにまったく覚えがなかった。

彼女は続ける。

「私ははるか昔、悪魔との契約により蘇った王妃。黒涙の君として、世界を混沌へと導いた元凶」

「黒涙の・・君・・・」

有紀が話してくれた黒涙を作り出す人。Dispar of nightmareの引き金となる人物。

なぜその人が今この空間にいるのか、なぜ自分と話しているのか、わからないことが多すぎた。

は意味がよく理解できないまま、妃の話に聞き入る。妃は悲しそうな表情をしながら、その凛とした声を響かせた。

「私は愛する王を殺してしまった上に、悪魔の手先となり国を乱れさせた。そんなとき、あなたが現れたのよ」

心から愛していた夫を死なせてしまい、その人が愛していた国をも乱れさせた。

悪魔の仕業とはいえ、自らの手でそれを行っていることになんら変わりはない。酷く心が痛んだ。

誰か止めてくれまいかと、どれだけ願ったか。いっそこの命絶とうとしても、悪魔がそれを許さない。

そんな時、白月の姫が現れた。

術者をつれ、悪魔の城へと立ち向かうその姿はまさにメシア。心待ちにしていた救世主。

やがて悪魔を倒し、世界を再び平和へと導いてくれた。

「だけどね。悪魔はまだ死んでいない。現に今もこうして蘇ってしまった」

「まさか・・・榊?」

「そう。あの男は悪魔の子孫。そして今あなたは彼の手によって黒涙の君となっている」

「私が黒涙の君に!?」

は驚きのあまり言葉を失った。自分の持っている記憶は、一馬につれさられたところまで。

それ以降の記憶はまるでない。つまりは、その間に黒涙をはめ込まれてしまったということだ。

「黒涙の君はB・Tたちの力を増幅させる。このままでは、W・Mたちの命が危ない」

「だけどどうすれば・・・」

妃はゆっくりと目を閉じ、両手を胸に当てた。

「もう、時間がないわ」

妃の足元は徐々に消えていき、それは上へと上がってきている。

「お願い、白月の姫。










「もうこれ以上、私のような者が出ないように・・・」










悲しみが増えないように・・・。

その言葉と同時に妃は消えた。

あとに残ったのはキラキラと光る妃のなごりと、のみ。

はしばらく妃のいた余韻に浸っていた。すると、目の前に光り輝く円状のものが見える。

「これは・・・!」

そこに映っていたのは、B・Tと果敢に戦うW・Mたちの姿。

傷だらけになっている、昭栄、光宏。瞳に生気の宿っていないB・T。

そして最後に見えたものは・・・。

「一馬・・・」

暗い瞳だが、しっかりとカプセルに浮かんでいるを見据えている一馬。そのとき、の脳裏に全ての記憶が蘇った。













-愛してる -













そうか、そうだったんだ。

私の前世・・いや、私は一馬の――恋人だったんだ。

「みんな・・・」

そっと瞳を閉じれば、一筋の涙が流れ、そして落ちる。

白い光は突如訪れた。の身体を包み込み、神々しく光っている。

「なんだこれは!!」

榊が叫んだときにはもう遅かった。

割れたカプセルから現れたのは黒涙の君ではなく、白月の姫。

それは完全態となった姿。まさしく昔話に出てきたメシア。












が白月の姫になった瞬間だった。