一瞬だけ訪れた束の間の平和
しかしそれはあっけなく破られる
もう一人の悪魔
三上亮の手によって
+黒い涙と白い月+
悪魔の残骸が消え去り、この世に平和がもたらされた。先代の白月の姫同様に、私も悪魔を葬り去ることができた。この世界を救えたこの事実が何よりも嬉しかった。
窓の外には白い月が浮かんでいる。その光が北の廃墟を優しく照らしていた。私は月を見ながら思った。きっとこれで夜が明ける。長く、暗い暗闇が明けてこの世界にも太陽が射す。
そしたらみんな幸せになるだろう。暗黒の時代は、悪魔が支配する時代は終わったのだから。
「」
月の美しさに心を奪われていると、後ろから呼びかけられる声がした。はっと我に返って振り返ると、そこにはみんなの姿があった。
すっきりした顔で微笑みを浮かべ、全員が私と隣にいたの方を見ている。何事かと言葉を失っていると、みんなは一斉に頭を下げた。
「ちょ、な、なにしてんの!?」
「そうだよいきなり!頭上げて?」
に続けて私も驚きの言葉を上げる。だっていきなりすぎるよ、しかも全員が頭下げるなんて私たちは何もしてないのに。
「・・・いや、白月の姫。そして」
みんなの一番前にいた渋沢さんが頭を下げながら私たちの名を呼ぶ。私たちも改まって背筋を伸ばした。
「本当に、ありがとう」
その言葉は心の声だった。そして全員の気持ちのように聞こえた。私もも、こんなに嬉しいことはない。認められた気がした。今までやってきて良かったと心底感動できた。
「渋沢さん、みんなも頭を上げてください」
私が静かにそういうと、みんなは黙って頭を上げて私たちを見る。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「私たちは何もしてないですよ。悪魔を倒して、この世界に平和をもたらしたのは、他でもないみんなの努力です」
「そうそう。私たちはただその手伝いをしただけ。だからそんなにお礼言われることなんてしてないよ」
みんなこの数百年間、本当によく頑張ったと思う。その苦しみに比べれば私たちの働きなんてほんの一握り分くらいしかない。
この勝利は間違いなく、みんなの成果。私たちのおかげじゃ全くない。
「そんなことない」
渋沢さんの隣にいた一馬が不意に声をあげる。
「がいなかったら悪魔を倒せなかったし、だって別世界の人間なのにここまでしてくれた。間違いなくとがいなかったら俺達は悪魔を倒せなかったぜ」
そうだ、そうだと後ろからも声が上がる。私たちの目にも涙がにじみ出た。みんなの気持ちが嬉しかった。
「ありがとう、みんな。でも今私は・・・」
今何よりも嬉しいのは・・・。
「この世界が平和になった。ただそのことが嬉しいの――」
その気持ちはみんな一緒だと思う。そして案の定、みんなもその言葉には大きく頷いてくれた。
誰が倒したとかじゃない、この勝利はみんなのおかげ。そして今はこの平和という事実をただかみ締めて祈るだけ。
この平和がずっとずっと続きますようにと・・・。
「ひとつ提案があるんだが」
後ろのほうから声が上がった。B・T・・いや、元B・Tの不破くんだ。
「とはこれで元の世界へ帰ってしまうんだろう?」
そうだった。私たちは元はといえばこの世界の住人じゃない。そして、悪魔が倒され平和が訪れた今、私たちがこの世界にとどまり続ける意味はなくなってしまった。
つまりはここでお別れということになる。
「そんなの嫌だぜ、俺!」
結人が元気のいい声をあげた。その言葉にまたもみんなして頷く。私たちだって、せっかく出会えたみんなと別れるなんて嫌だった。
「そこで、提案だ。ともこの世界に住むというのはダメなのか?」
さらっと言った不破くんの言葉に全員が絶句する。た、確かにその方法もなくはないけど・・・私にもにも学校や家だってある。かなり難しい提案だった。
「そうだよ!不破の言うとおりだぜ。ここに住んじまえばいいじゃねぇか!」
「そしたらずっと一緒に暮らせるばい!」
光宏や昭栄までも乗り気だ。私とは目を見合わせた。私たちだってそうしたいのはやまやまだけど、それには問題が多すぎる。
どうしたもんかなぁ・・・。
嬉しい悩みというのはこういうことを言うのだろうか。全然嫌な気分にならない。こんな悩みならずっと悩んでいてもいいかもしれない。
それほどまでに、このお誘いは嬉しいものだった。
「この世界とたちの世界は幸いにもかなりの時差がある。それならここで暮らしても日常生活に全く問題はないと思うが?」
渋沢さんまでその気だった。隣のを見るとすっかり笑っている。つまりはこの世界で暮らすことを了承しているらしい。悩んでるのって、私だけ?
「いいじゃない、。今までだってここで暮らしてたようなもんでしょ?」
私の肩を叩いてにっこり笑う。そうだね。確かに言われてみればその通りだった。時差がかなりあるから家に帰ることのほうが少なかったくらいだ。
私もできればみんなとこの世界で平和に暮らしたい。あんな家、もう帰りたくないし・・・。
とここで私はある重要なことを思い出した。
「お、お母さん・・!!」
私の言葉でその場にいた全員も思い出したらしい。あーもう!なんでこんなに大事なこと忘れてたの!?私のバカ!
お母さんを取り返しに、私はこの戦いに参加したんだ。それなのに忘れるなんて!早くお母さんを取り返しに行かなきゃ。きっと待ってるだろうから。
「とりあえずこの話は保留!まずはお母さんを取り戻しに行かないと!」
「そうだね、私も行くよ」
もそう言ってくれて、私たちはお母さんを取り戻しに行こうとした。しかし、そこでまたもやある事実を思い出す。そしてそれは私たちの変わりに誠二が口にしてくれた。
「そういえば、三上先輩は?」
辺りをきょろきょろと見回しながら誠二は必死に三上亮を探す。しかしその姿はどこにもない。
「さっきから見てへんなぁ。どこ行ったんやろ」
シゲも誠二同様に辺りを探した。嫌な予感が胸をよぎる。それはその場にいた全員も同じだった。
三上がいない。彼は榊を悪魔にした張本人。その人がいないとなればやることはひとつ。
今までの和やかなムードが一変して、場に緊張した雰囲気が漂う。その時だった。北の廃墟全体が大きな地響きとともに大きく揺れだした。
北の廃墟、地下室。赤いカプセルの中に浮かんでいる黒涙の君を見て、三上は一人小さく笑みを浮かべる。
の母親が黒涙の君になってしまった。つまりそれは、第二のDispar of nightmareを起こせるということだ。
その事実を知っているのは、三上のみ。他の誰しもそんなこと思ってはいないだろう。今頃は悪魔と戦い終わって、その余韻に浸っているはず。
この世界を終わらせるには絶好のチャンスだった。そして三上はもう一度赤いカプセルを見つめる。
「もう、これしか方法がねぇんだ」
自分勝手なのはわかっていた。しかし、他のみんなのためにもこの世界は存在してはならないのだ。どうせ悪魔を倒したところで、自分達の特殊能力が消えるわけではあるまい。ましてや過去なんてもっと消えない。
時間の軸から外れたこの身体も、二度と戻らないのならいっそ消してしまえばいい。
三上は黙って目を閉じ、神経を集中させた。そしてカプセルの隣にある黒いボタンに手をかける。
このボタンを押せば、この世界は消える。完全なるDispar of nightmare。それが今、三上の手によって起ころうとしていた。
「じゃあな、腐った世界・・・」
静かに呟いた彼はゆっくりとそのボタンを押した。するとしばらくして、大きな地響きと共に世界全体が揺れだす。
崩れおちそうな北の廃墟。それでも三上はカプセルの前を離れようとはしなかった。
やがて、バタバタという足音と共にこの世界に残った残りわずかの人間達が入ってくる。B・T、W・Mそしてと。
全員の顔色は蒼白だった。ムリもない。きっと彼らは三上が行ったことを全て把握しているはずだ。
第二のDispar of nightmareを行っている最中だということに、気付いている。でなかったらこんなところに来るはずがない。
揺れる世界に平然と立ちながら、三上はポケットに手を突っ込んで言った。
「よう。全員そろって何してんだよ」
意地の悪い笑みを浮かべながら三上はわざと問いただす。目の前にいるは険しい顔をして三上を睨んでいたが、やがて後ろにあるカプセルに視線を移し、叫んだ。
「お母さん!」
赤いカプセルの中で気を失っている自らの母親を見て、は再度三上を睨む。
「何をしたの!!」
「なに、ちょっとお前と同じことをしただけだ」
「私と同じこと・・・まさか!」
「ご名答。今ここにいるのはお前の母親じゃない。黒涙の君だ」
にやりと笑って三上は親指で後ろを指した。そんなはずはない、とは愕然とした。自分がもっと早く母親を助けていればこんなことにならなかった。
激しい後悔の渦の中で、は再び武器を取る。三上と戦おうというのだ。しかしそれに対して三上は何の反応も見せない。武器をとる様子すらなかった。
「お母さんを帰してもらうわ」
「どうぞご自由に。Dispar of nightmareが終わればこいつはもう用済みだ。いつでも返すぜ」
「Dispar of nightmareを止めてみせる!」
「ムリだな。もう俺はボタンを押した。あとはみんなで仲良く死ぬだけだ」
そう言って笑う三上には激怒した。気が付けば、三上の頬を力いっぱい殴っていた。
三上の顔から笑顔が消え、代わりにその瞳には真っ黒い感情がにじみ出ている。
「もう、遅いんだよ・・・」
低い声で言った三上の言葉通り、と以外の全員が黒い幕に包まれた。慌てて振り返るが、時すでに遅し。三上自身も、黒い幕で覆われる。
「これは・・・!」
「Dispar of nightmare。お前らはこの世界の人間じゃないから選ばれなかったんだな。感謝しろよ」
「みんなをどうする気なの!?」
「だから言ってんだろ。消すんだよ」
自らも消えるというのに、三上の顔は至って平然としていた。それどころか、安心感さえ見受けられる。
長年祈り続けた願いが叶ったような、そんな表情。は少したじろいた。
「・・・」
後ろからの声が聞こえた。その声は震えている。の声につられて後ろをみると、そこには足元から消えていくみんなの姿があった。
「みんな!」
どれだけ叫んでも、消滅は止まらない。
やがて北の廃墟は崩れ、辺りは真っ白に染まった。


