こんなこと初めてだった
最初あの人に会ったときはなんとも思わなかったのに
近くで見るととても懐かしく思えた
なんだか胸が苦しくなって
傍にいると安心できた
こんなこと初めてだった
+黒い涙と白い月+
結人(外見は小岩くんって人だけど)に担がれて誘拐されているにもかかわらず、私は結構空の上の散歩を楽しんだ。
しばらくすると、だんだん瓦礫の山の中に大きなビルが建っているのが見えてくる。
W・Mの本部に似たような建物だけど、その雰囲気はなんとなく冷たい。
「…あれがB・Tの本部?」
私が小さくたずねると結人はそうだよと笑う。
「でも、あそこには行かない」
「じゃあどこに連れてく気?」
「もうチョットで見えるぜ…ほら、あそこ!」
結人が指差す方向を見ると、もう何年も使われていないような古い廃工場があった。
建っているのもやっとという感じのその工場からは、B・Tと同じような冷たい雰囲気が漂っている。
結人はだんだんと高度を下げていき、一つだけ開け放たれた窓からすっと中に入った。
「とーちゃく!!」
そう言って私を自らの肩から下ろすと、またバリバリ音を立ててもとの姿に戻った。
辺りを見まわすと、中も外観と同様にとても古びていていたるところにくもの巣が張り巡らされてある。
一応ランプは置いてあるみたいだが、申し訳程度であまり役には立っていなかった。
それでも、なんとなく人がいることは分かった。それも結構な人数だ。
「結人」
暗がりから前に聞いたことのある声が聞こえてくる。それと同時に3人の少年達が姿を見せた。
「また会ったね、 ちゃんvv」
「なんか、こうも上手く行くとかえって気味悪ぃな…」
「あいつらはいつもどっか抜けてるから、さらって来るくらい簡単でしょ」
また出た美麗集団;こんな人達が私達の世界にいたら、間違いなく芸能人になってるわ。
なんてことを考えている間に、3人は私の手を縄で縛りはじめる。
「え!?ちょっと!やめてよ」
「ごめんね、 ちゃん。念のためv」
潤慶が笑って言う。やっぱり顔がきれいっていうのは、卑怯だよね。言われたら断れない。
はぁ。私ってとことん不幸;;
それより、私誘拐されちゃったんだよね;縄で縛られてるし…どうしよう、やっぱ連れて来られたからには、やっぱW・M側に要求とか出すのかな。
お金、とか?きっとそうだ。誘拐のセオリーって言ったらそれしかない。うん。
私ごときのために、莫大な損失だろうなぁ…その前に、ちゃんと助けに来てくれるかな。
敵に捕まるような間抜けはもういらないわって誰も来なかったらどうしよ。うわっ!すっごい惨め;;
「なんでわざわざ敵に現金要求しなきゃいけないわけ?」
突然、天井から声が聞こえた。そういえば私、結人に下ろされてからずっとへたり込んだままだった。
上を見上げると、アジアンフェイス…えっと、郭英士?の顔があった。近くで見るとやっぱり整ってる。
そういえば、この人。圭介と一緒で人の心が読めるんだっけ。こっちに来てから人に読まれてばっかだ;
「あんな奴と一緒にしないでよ。俺の方がずっとレベル高いに決まってるでしょ?」
「あはは…;それより、ホントにお金請求しないの?」
「当然でしょ」
「なになに!? ちゃん、僕達がW・Mに身代金要求すると思ってたの!?」
「あっははっはは!!マジかよ!!」
「くくっ!ありえねぇって」
私達の会話を聞いて、周りの3人が爆笑し始める。なんだか急に恥ずかしくなって、私は耳まで赤くなった。
「おい、若菜。いつまでも笑ってねぇで、さっさと作戦伝えろよ」
後ろの暗がりから、もう一人の姿が見える。タレ目だが、この人もずいぶん綺麗な顔だった。
「OK!たぶん、 ちゃんを取り戻しに何人かのW・Mが来るはずだ。もしかしたら、全員で来るかも」
目に少し涙を溜めながら、結人が言う。その後に、英士も続いた。
「そこを叩く。まぁ、死ねっていっても聞かない連中だから戦うことになるだろうけど」
上等じゃんとタレ目のお兄さんは闘争心を燃やす。対して、となりにいたつり目の人…たしか、真田一馬はめんどくさそうにため息をついた。
「でもさ、ただそこら辺で戦ってもつまんないよね」
英士とどことなく似た雰囲気の少年……えーっと、そう!李潤慶!!が言う。
「ユン、なんか面白い案でもあるのか?」
一馬が小首をかしげながら聞く。潤慶は顎に手をあててしばらく考え込んだ。
「う〜ん…そうだなぁ…あっ!トーナメントとかは?」
「「「トーナメントォ!?」」」
近くにいた3人が声をそろえて潤慶の方を見る。当の本人はそう、トーナメントvとにこやかに振り向いた。
「どーいう事だ?」
「正確に言うと、トーナメントっていうか1対1の真剣勝負みたいな感じ。1フロアごとにこっちから刺客を置いて、それに勝ったら上に行けるってやつv」
ちゃんをかけて全面対決vと私に向かってウインクする顔に不覚にも赤くなってしまったのであわてて下を向く。
「どう?おもしろそうでしょ☆」
「うん、良いね」
「うぉ〜!燃えるぜ!!」
「いいんじゃねーか?」
英士、結人、一馬も賛成したみたいだ。潤慶はさっきのお兄さんを見て意見を請う。
「ま、普通にやるよか面白そうだな。それじゃ、戦う順番決めようぜ」
「ホンっっっっっっっトにすみませんでした!!」
風祭は目に涙を溜めながら勢い良く頭を下げた。
「いいのよ、風祭君。能力鑑定中だったんだから、しかたがないわ」
西園寺がそういうと、風祭は小さい声で返事をし、ぺたんと席についた。
がB・Tに誘拐されたという事件を聞いて、現在W・Mでは緊急会議が行われている。
W・Mのメンバー全員が巨大な会議室へ入り、その中心にはリーダーである西園寺が真剣な顔で座っていた。
「ヘッド!こうなったら、全員で乗りこみましょう!!」
机を思いっきり叩いて水野が立ちあがった。それにつづいて他のメンバーもそうだ!と賛成する。
「だめよ」
顔の前で手のひらを組み合わせていた西園寺が厳しい口調で言った。
「なしてですか!!」
「白月の姫を奪われて、まだ何か作戦を立てる理由があるんですか!?」
昭栄と光宏がそれぞれに西園寺へ呼びかける。西園寺は首を振って静かに言った。
「今全員で乗りこんだら、ここはガラ空きよ。そこにB・Tが侵入してきたら多大なダメージを受けてしまうわ。ここは、何人かの代表を選んで白月の姫を救出してきてもらいます」
有無を言わさない西園寺の強い言葉に二人は唇を噛んで押し黙った。
西園寺は自身を落ち着かせるように息をはくと、両手をついて立ちあがった。
「これよりプロフェクトS『白月の姫救出作戦』を発動します!!」
静かだったW・Mのビルにメンバー達の返事が木霊した。
廃工場ではB・Tのメンバーがさっきのタレ目お兄さん(三上亮っていうんだそうだ)を中心に順番を決めていた。
結構好戦的な人達が多いのかずいぶん皆活気づいていて、特に潤慶と結人が燃えている。
そんな中、私にとてつもなく嫌な視線を送ってくる人がいる。
わざと気付かない振りをしてなんとか避けていたけど、こっちが目をそらせばそらすほど相手の視線は鋭さを増した。
結局私の方が根負けして、思いきってその相手――椎名翼と目を合わせた。
自分では精一杯睨んだつもりなんだけど、どうやら効いてないらしく、代わりにエンジェルスマイルを頂いた。
「久しぶりだね、 」
椎名翼が発した言葉にドギマギしながらなんとかぺこっと頭を下げる。
「この前はどうも。あんたのおかげで僕はあそこのタレ目に嫌味を言われたよ」
顔はとびっきりのスマイルを浮かべているけど、目が全くと言って良いほど笑ってない;;
おまけに後ろからは凍り付いてしまいそうなダークオーラが出ていた。
「あのときあれだけの力を見せたのに、こんな簡単にさらわれてくるなんてね。お前に負けた俺が情けないよ。まぁ、所詮はこの程度の人間だったってことだね。どうやら俺は過大評価していたみたいだ。残念だよ」
天使のような悪魔の微笑みがこれほどまでに似合う人間がいるなんて。
その可愛らしすぎる顔からは想像できない言葉に私はただただ打ちのめされるほかなかった。
これが、椎名翼のマシンガントークか…
「椎名」
しばらく私が固まっていると、椎名の後ろに1人の少年が現れる。初めて見る人だ。
「なに?今取り込んでんだけど」
「戦う順番が決まったとよ。集まれ」
迷彩帽をかぶった小柄な少年は博多弁で言った。なんとなく一馬に雰囲気が似ている。
っていうか、こっちの世界にも方言ってあるんだね。
椎名はしょうがないなと呟いて立ちあがり、三上さんを中心とした輪に入っていった。
これでやっとダークオーラから解放されると思ったのも束の間。新たなる目線が私に降り注いだ。
ビクッと肩を震わせて恐る恐る上を見上げると迷彩帽の少年がまだその場に立っていた。
少年は少しつり上がった目で私を凝視している。こ、怖い;
「きさんが か」
低めの声で少年が言った。有無を言わさないようなその口調に、私は見事にブルってしまう。
「そ、そうですけど…」
なにか?文句あります?だいたいなんであんたなんかにそんな見られなくちゃなんないのよ!!
なんて、とても口にできないけど。
しばらくの間沈黙が続いたあと、少年はふっとため息をつく。
そして「きさんも来い」と私を軽々と立たせて、輪の中へと歩かせた。
その瞬間。ほんの一瞬だったけど少年の瞳が哀しみに揺らいだのを、私は見てしまった。
B・T達の中心にあったのは、赤い線が引かれたあみだくじらしきもの。
というより、あきらかにあみだくじだった。
「よし、決定だな」
三上さんがニヤリと笑う。悪巧みをする悪役の笑い方にそっくりだった。
あみだくじをみると、どうやら全員が戦いに参加するわけではなさそうだ。
大方、最初に戦う人をジャンケンで決めたあとにあみだくじで順番を決めたのだろう。
なんてお手軽な…;
「それじゃ、休み組はW・Mを迎えに上がろうか」
にこにこした糸目の少年が隣りのパソコンを持った少年と立ちあがる。
「杉原。不破はデータ収集するんだろ?連れてって良いのかよ」
三上さんが糸目の少年に言うと、不破と呼ばれた人が三上さんを見下ろした。
「大丈夫だ。既に準備はできている」
「そっちもしっかり準備して置いてね」
二人がその場を立ち去ると、続いて椎名ともう一人赤毛の少年があとに続いた。
どうやら、その四人が休み組らしい。
「俺達もそろそろ移動した方がいいんじゃない?」
郭英士が静かに言うと、三上さんはそうだなと呟いてみんなに持ち場につくように指示を出した。
「オイ、一馬!この幸せ者!」
「なんだよ結人//」
私の隣りから、こんな会話が聞こえてきたので声のした方に顔を向けてみる。
そこにはニヤニヤしながら一馬をつつく結人と赤くなっている一馬がいた。
「どうしたの?」
「こいつラストなんだよね。だから、W・Mが最上階につく間、ずっと ちゃんと二人っきりなんだ」
それがなんで幸せ者なのか、疑問だったけど明らかに女の人が苦手そうな一馬にとっては結構な試練かもしれない。ある意味、W・Mの皆と戦うより辛いかも。
「しっかりやれよな一馬! ちゃんを退屈させんなよ!」
「もちろん、手なんてださないでよね☆」
「一馬にそんな度胸ないでしょ」
一馬の親友たちはそれぞれの言葉を投げかけると自分の持ち場に散って行った。
その間一馬は返す言葉もなく、ただ赤くなるだけだったけど。
「あの〜…」
私も縄で縛られていたし、一馬もフリーズ状態だったから私は控えめに声をかけた。
「ここにいていいの?私達」
敵の作戦に手を貸すなんてどうかと思ったけど、このままでは埒があかなかったので、こんな質問をしてみた。
私の言葉を聞くやいなや、一馬はやばい!と声を上げて私を優しく立たせた。
「こっち」
お腹の辺りから垂れた縄をつかんで、一馬はフロアの端にあるエレベーターへと連れて行った。
こんなところにもエレベーターってあるんだなぁ。ちょっと意外。
良くみればこの廃工場、ずいぶんと大きい。まるでビルみたいだった。
エレベーターに乗ってるとき一馬は黙ったまま私に背を向けていたが、その背中が「緊張しています」と物語っている。
そんな様子に、一瞬。そう、ほんの一瞬だけだったけど。
「愛しさ」がこみ上げてきてしまった――
私はぶんぶんと頭を振る。
この人は私をさらった敵。そんな人達にこんな感情なんて浮かんでくるはずがない。
自分に強く言い聞かせて、思いをねじ伏せようとする。
ただただ、この人は敵なんだと言い聞かせて。
ガタンと大きくエレベーターが揺れて、錆び付いた音を響かせながら扉が開いた。
一馬の後に続いてエレベーターから降りると、そこはコンクリートで固められたなにもない部屋だった。
灰色のまるで囚人でも閉じ込めておくようなその部屋には、エレベーターの向かい側に小さな窓がある。
その窓からは、白い月の光が射しこんでいた。
一馬は私を前の方にある小さな段差のところに座らせると、ポケットからマッチをとりだして部屋の四隅にある松明に火と灯した。
そして、私の後ろの壁にそっと手を当てて小さく何かを唱える。
次の瞬間、一馬の手にあったのは人の頭くらいある黒い水晶玉だった。
「これ、なに?」
「BLACK CRYSTAL。これで下の様子がわかる」
私の目を見ずに一馬はそう言った。
しばらくすると、水晶の中心がぼんやりと開けてきてやがて外の様子が浮かび上がってきた。
そこに映ったのは、さっき出ていったB・Tの人達と数人の仲間達だった。
遠くで月が泣いたような気がした。


