分かってくれとは言わなか




言い訳もせん




やけど、一つだけ信じてほしか




ただ俺は




こん世界を




どうにかしたかっただけなんや

































































黒い涙白い月















































































暗闇の中、W・Mのメンバーは久しぶりにこの地を訪れた。

B・T達はほとんど自分達の本部を使うことはない。大抵はこの廃工場で過ごしている。

工場といってもそれはまるでビルのように大きかったので、B・T達のアジトとなっていた。

「ようこそ、北の廃墟へ」

何人かのB・Tを引き連れて、翼が笑いながら両手を広げた。

はどこなの!早く返して!」

鋭く翼を睨みつけながらが叫ぶ。それを聞いて、設楽はめんどくさそうに言った。

「そうがなるなよ。心配しなくてもお前らがトーナメントに勝てたら、ちゃんと返すって」

「トーナメント?」

「そう。各フロアにいるB・Tのメンバーと1対1で戦って、勝ったら上に進めるという勝ちあがり戦だ」

昭栄が発した疑問に不破がコンピューターのような正確さで答える。

「最上階にいる相手を倒せば見事、白月の姫は救出成功ってわけ。それじゃあ、戦いの舞台に案内するよ」

きれいな顔に不敵な笑みを浮かべて、翼はアジトへと入っていく。W・Mのメンバーは底知れぬ緊張感を抱きながらも、その後に続いて行った。

『01』と書いてある錆び付いた鉄の大扉を開けると、そこには1人の少年が立っていた。

窓から射し込む月明かりに照らされながら、少年はゆっくりと顔を上げる。

「カズさん!!!」

一番後ろにいた昭栄が少年の名を呼んだ。それでもカズは何の反応も見せずに立っていた。

昭栄の顔がみるみるうちに青くなる。

今、自分の目の前にいるのは、かつて共に笑い、共に過ごし、いろいろなことを教えてくれた先輩の姿。

自分が最も尊敬していた人だった。

「カズさん・・・なしてそぎゃんところにおるとですか!」

「・・・・・・・・・」

昭栄が必死に呼びかけても、カズは何も言わない。静かな風が通り抜けた。

「相手は決まったみたいだね。それじゃあ、始めましょうか」

杉原がパチンと指をならす。その瞬間、昭栄とカズのまわりに透明なガラスが張り巡らされた。

「な、なんだよこれ!」

危うくガラスに当たるところだった日生が後ろに飛びながら言うと杉原が楽しそうに笑った。

「戦いの途中に邪魔が入らないようにですよ。特別製ですから絶対に壊れません」

「まぁ、それでも壊そうとするんなら、俺たちが相手になるけどね」

あたりにピンと張った空気が流れる。冷たい汗が頬を伝った。

「久しぶりやな、昭栄」

腕を組み、鋭い目つきで昭栄を捉えながら、カズは静かにそう言った。

そこ口ぶりは昔から変わっていなかったが、B・Tの雰囲気はひしひしと伝わってくる。

「なして俺たちの邪魔ばするとですか?カズさんはそぎゃん人やなか!」

曲がったことが大嫌いで、誰よりも自分に厳しく、それでいてさりげない優しさを持っていたかつての先輩は、どこへ行ってしまった?

自分が尊敬して止まなかった、あのカズさんはもういないのだろうか。

そんなこと、あるはずがない!

「カズさん、そこば通してください」

「断る」

「そんなら、力ずくでも通してもらうとです!!」

そう言うと同時に、昭栄は自らの腕から金色に輝く剣を取り出してカズへと突進していった。

カズの頭上に真っ直ぐ剣を振り下ろすが、カズはそれをひらりとかわして自らも武器を取り出す。

横っ飛びをしながら放たれた漆黒の弓矢が、昭栄の頬を掠めた。

それでも尚、昭栄はカズに真っ向勝負を挑んでいく。

「カズさん!なしてB・Tなんかに入ったとですか!なしてをさらったとですか!」

力強く剣を振るいながら、昭栄が叫ぶ。しかしカズは黙って剣をよけ続けた。

「こん世界ばなんとかしたかっていつも言ってたやなかですか!なのになして・・・!!」

なおも問いかける昭栄。それでもカズは口を開こうとはしない。ただひたすらに攻撃をよけるだけだった。

「カズさん!!!!!」

昭栄の記憶が鮮明に蘇る。






































































―なんも無くなったと。家族も友達も街も、全部―


























































「答えてくれんね、カズさん!!」

























































―こん世界ばどうにかせんといけんな―




















































「カズさん!!」


























































―変えなきゃいけんな、もっとよか世界に―
























































「昭栄、俺は―――」
























































ガンと鈍い音がして、昭栄の剣をカズが弓で受け止めた。カズの弓がぎしぎしと音を立てている。

互いの目が合った。カズの瞳は昭栄が今まで見たことのないものになっていた。

「俺はただ、こん世界ばどうにかしたかっただけたい」

昭栄の剣が宙に待った。弧を描いて、高く。高く。

やがて、轟音を立てながら県はガラスに当たって落ちる。

静かな風が二人の間を通り抜けた。



























































石造りの殺風景な最上階。

そこで私は一馬と私のちょうど真ん中あたりに浮かぶBLACK CRYSTALを見ていた。

まるでW・Mを追うように、彼らが移動するとBLACK CRYSTALも下面を変えていく。

1階の中央には昭栄と迷彩帽をかぶった少年が立っていた。

「そんなに近づくと見えねぇんだけど・・・」

遠慮がちに一馬が小声で呟く。そこで初めて、私はBLACK CRYSTALに顔を押し付けていたことを知った。

「ご、ごめん///」

なぜか無性に恥ずかしくなって、慌てて後ろに引っ込む。

一馬は別に良いけどと言って少し赤くなった後、真剣な目つきで再び二人の試合を見始めた。

そして、昭栄の剣が飛ばされたとき。一馬がこんなことを言ったのだ。

「この勝負、功刀の勝ちだな」

その言葉を聴いた私は血相を変えて一馬に詰め寄る。

「なんで!?あんな小柄な人に昭栄が負けるわけないじゃない!勝手なこと言わないで!」

あまりの豹変ぶりに驚いたのか、一馬はすっかり青ざめて拳銃を向けられたときのように両手を挙げた。

それでも私の怒りは収まらず、さらに一馬へと近づいた。

「だいたい何なのよ!あの男!昭栄とどういう関係なの!?」

まるで彼氏の浮気に怒る彼女みたいな感じだったが、そんなことお構いなしだった。

一馬は相変わらずのポーズをとったまま、今度はどういうわけか頬を赤らめている。なんで?

「あいつらはこの世界がまだ平和だったころからの知り合いなんだよ」

「昭栄がB・Tと知り合い?どういうこと?」

一馬が言い難そうに少し俯いた。それでも私が言いなさい!と凄んで、無理やり口を割らせた。

「功刀と高山は学府院にいたときの先輩と後輩だったんだ」

学府院というのは私たちの世界でいう学校のことだそうだ。

一馬は静かな口調で話を続ける。

「学府院に行けるのは限られた奴だけだから俺は言ったことないけど、その中等部で『蹴球』とかいうグループの仲間だったらしい」



―――大勢いるグループ生の中でも二人は特に仲が良かった。休みの日でも二人は練習を怠らず、後輩は先輩の背中を見ながら、先輩は後輩を厳格に指導しながら、互いに成長し合っていた。

「でもある日。あの事件が起こった」

街は壊され、家族は死に、一瞬にして二人は全てを失ってしまった。B・Tに凄まじい憎しみを抱いた高山はW・Mができたその日に入団したそうだ。功刀も入団こそしなかったけど、手助けはしていた。

「それじゃあ、なんで今その功刀さんはB・Tにいるの?」

「功刀がどう思ったかは知らねぇけど、突然B・Tのヘッドんとこに入団を申し出たんだよ。B・Tはそのころ人数も少なかったから、少しでも人手が欲しかったんだろ。でも、不思議に思った英士が情報屋に調べさせたんだ」

「情報屋?」

「B・TにもW・Mにも属さない、金さえ払えばどんなことでも調べてくれる奴らのこと」

「じゃあ、その情報屋が功刀さんの過去を教えたの?」

「あぁ」

一馬はため息まじりに短く言った。

それじゃあ、昭栄はとてつもなく戦い辛いはずだ。今は敵同士とはいえ、元は尊敬していた先輩。

できることなら戦いたくないだろう。

「昭栄・・・」

私は祈りながらBLACK CRYSTALを見つめていた。


































































「どういうことですか、カズさん」

落ちた剣を拾いに行かず、昭栄はカズの目を見たまま言った。

「こん世界ばどうにかしないなら、なしてW・Mに来んのですか」

カズは黙ったまま再び漆黒の弓矢を構える。それでも昭栄は動かない。

「なして武器ばとらん、昭栄」

「カズさん。おれはカズさんを尊敬してたとです」

芯の通る声で昭栄が言った。

「カズさんは、いつも筋の通ったことしかせんとです。やけん、B・Tに入ったのもなんか理由があるからやなかですか」

「・・・・・・理由なんてなか」

昭栄は続ける。

「カズさん、言ってたやなかですか。自分の信じるものを信じぬけって」

カズの脳裏に、かつての自分が蘇った。































































「昭栄、お前はすぐに人を信用しすぎたい」

「だって、すごく困った顔してたとですよ?可哀想たい!」

昔、練習の帰りに道に迷った老婆を何時間もかけて家まで送り届けたあげく、気がつけば財布をすられていたという事件があった。

昭栄だけならまだしも、カズの財布まですられていたのでカズが昭栄をこてんぱんに説教したのだ。

「それにしても、少しは人を疑うことぐらい覚えりぃ」

「でも、そげなことしたら何も信じられなくなるとです。そんなの嫌ったい!」

「そんなら、自分の信じるものを信じれば良か」

「自分の信じるもの?」

「そや。それなら後悔もなんもなかやろ?」

そう言ってカズは微笑んだ。夕日がとてもきれいに輝いていた。




























































「やけん俺は、カズさんば信じるとです」

太陽のような笑顔で昭栄が笑った。それは昔カズも見たことのある真っ直ぐな笑顔だった。

「しょう、えい・・・」

昭栄はゆっくりとした足取りで自分の武器を取り、構える。彼の目にもう迷いはなかった。

「俺はカズさんを信じるとです。やけん、俺は信じぬきます!」

カズがふっと口元を緩めた。成長の二文字が彼の頭をよぎる。

「良かぜ!来い、昭栄!」

弓を構えるカズに昭栄は凄まじい勢いで突進していった。再び激しい戦いが始まる。

そして―――

























































カズの弓が崩れ去った。






















































「俺の負けたい、昭栄」

そう呟いて、カズはその場に倒れこんだ。

「ゲームセット!勝者、高山!」

その声と同時に辺りを取り囲んでいたガラスも消え去る。W・Mのメンバーは急いで昭栄の元へと駆け寄った。

「昭栄、大丈夫か?」

日生が心配そうに顔を覗き込む。昭栄は大丈夫たいと笑った。

「おめでとう、第1フロアクリアだ。それじゃ、次のステージへ案内するよ」

翼は相変わらず不適な笑みを浮かべながら、スタスタとその場を後にした。

「仲間がやられたってのに、なんであんなに平然としてるんだ?」

「そういうやつらなんだよ、B・Tは。ほら、俺たちも行くぞ」

圭介の言葉に水野が皮肉をこめて言った。W・Mは先に行ってしまった翼たちを急いで追いかける。

それでも昭栄は、仰向けに倒れているカズを見ていた。

それに気づいて、カズは目を閉じたまま笑った。

「そげん顔すんなっちゃ」

「でも、カズさ・・・「昭栄」

昭栄の言葉を遮って、カズが声を上げる。そして、静かに言った。

「お前、強くなったな」

それはカズの、自分の尊敬する先輩の声だった。

「おっす!」

「でもまだまだやけん、精進せろ」

「おっす!ありがとっした!」

昭栄は深々と頭を下げた。その目に薄っすらと涙を浮かべながら。























































昭栄が次のフロアへ移ったあと。カズは一人、窓に浮かぶ月を眺めた。

そして、自分の右手についている黒いブレスレットを見つめて呟く。

「まだまだ、やな」

ブレスレットが短い音を立てて地面に落ちる。

カズがその腕をかざすと、音もなく全ての窓が割れた。