つないだ手をそのままに、夜の小道を歩いていく。
たどり着いた場所は小さな公園。
てっきりそのままホテルに行くのだと思っていたから、は少し以外だった。
芭唐の行くままに、もその後をついていく。木製のベンチに腰掛けると、芭唐はタバコをふかし始めた。
野球部員がそんなもの吸っていいのか疑問だったが、とりあえず黙っている。
芭唐の吐き出した煙は、黒い空によく溶けた。
その白、まるで誰かの魂みたいだった。
夜人形−Night Doll−
芭唐もも、互いに一言もしゃべらず、静かな時間が過ぎていった。そして芭唐が2本目のタバコに火をつけようとしたとき。が先に口を開く。
「なんで私の学校知ってたの」
「お前、有名人だったからな」
「何が」
「黒い長髪に黒い服。モデルの様なスタイルと容姿。金さえ払えばどんな相手でもヤってくれる、夜人形」
「何それ」
「お前の通り名だよ。知らねぇの?ダチに話したら通ってる学校から、3サイズまで教えてくれたよ」
なんで自分の3サイズなんかが出回ってるのか不思議だったが、そこには触れなかった。今はただ、自分がそんなに有名だったことだけに驚く。
確かに、あれだけの人数を相手にしてたら名前も広がるだろう。だけど生憎、は易々と個人情報を明かす趣味は持っていない。当然、互いに名前も知らず抱き合った相手も山ほどいる。
だから、あんな通り名ができたんだろう。それにしても、夜人形。感情を持ち合わせない自分にはぴったりだと、は思った。
「あんな普通の学校通ってるなんてな。てっきり不良校だと思ってた」
「私もあんたのこといろいろ聞いたよ。てっきり年上かと思ってた」
ひでぇな、と笑う芭唐をは黙って見ている。そこまで面白いことは言ってないと思うけど。
芭唐はタバコを捨てて、もみ消した。そして、じっとを見つめる。
「。俺の名前は?」
「は?」
「いいから」
「御柳、芭唐」
「ちゃんと名前で呼べよ」
「自分だってお前って言ってたじゃん」
「知らねぇ」
調子のいい奴、と心の中で皮肉を言い、呼び名を考える。別に上か下の名前で呼べばいいんだろうけど、少し珍しい名前だったので普通にはしたくなかった。
こんなこと考えるのも、にとっては珍しいこと。芭唐と出会ってから、自分の中で不思議なことばかり起こる。
「ミヤ」
「ミヤ?」
「御柳って言うんでしょ?だから、ミヤ」
「・・・お前、パソコンとか得意だったりしないよな?」
「なんのことよ」
「いや、別に・・・」
芭唐は華武の先輩、朱牡丹のことを思い出していた。確かあの人も、自分のことをミヤと呼ぶ。
「俺はって呼ぶからな」
「お好きなように」
セフレを名前、しかもあだ名で呼ぶなんて初めてだった。こんなにたくさん相手をしてきても、芭唐だと初めてが多くなる。それがなぜなのか、にもわからなかった。
「も、俺のこと聞いたんだろ?」
「ざっとはね」
「感想は?」
「別に。ただ本当に野球部員だったんだって感じ」
「信じてなかったのか?」
「当たり前。私の中の野球部員はセフレなんて作らない」
「案外古風な考え方だな」
「大体の人はそんな感じよ」
「4番だってのは、知ってるか?」
「すごいって言ってほしいの?」
「まぁ、最初っから期待はしてねぇけど」
「それより、なんで野球してるのかの方が気になった」
そこで、芭唐の動きが止まる。さっきまであんなに楽しそうだったのに、どうやらは地雷を踏んでしまったようだ。
野球をやることに、何かわけでもあるのだろうか。芭唐がを見つめたように、今度はが芭唐を見つめた。
ふっと、また鼻で笑って、芭唐はさぁなと言う。他人から見れば、別にたいしたことなかったんだと思えるであろう芭唐の表情も、にとってはワケあり確実と確信させるものに他ならなかった。
には表情がない。だから、それ以上に他人の表情には敏感だった。少しの違いを見分けることができる。我ながら、悲しくも便利なものを身に着けたと思っていた。
「特に理由はねぇよ。ただの暇つぶし」
「あっそ」
うそつき、と心の中で呟く。特に知りたいとも思わない。私には全く関係ないこと。私に不利益さえ与えなければ、あとはどうでもいい。
は近くにあった小石を蹴った。すぐに夜の公園へと消えていく小石を、ただじっと見つめている。
そのとき、腰の辺りに暖かな感触が伝わってきた。隣を見ると、芭唐が目を細めてを見ている。
「は、本気だけどな」
「うそつき・・・」
今度は声に出して、その単語を呟く。互いの唇が絡み合う。静かな夜の公園に、その音はよく響いた。恥ずかしいとは思わない。ただ、ここでヤると寒いだろうな、と考えた。
芭唐の手が、腰から徐々に下がっていく。唇も、もはやの綺麗な首筋に到達していた。
制服が乱れるのを少しも気にせず、二人はどんどん激しく絡み合っていく。
と、そのとき。近くの草むらが大きな音を立てた。たちは行為をやめ、そのままの体制で草むらを凝視する。
そこにいたのは、の知らない見知らぬ人たちだった。
「ホラ!あんちゃんが動くからバレちゃったじゃん!」
「ケっ、ゴキ猿・・・」
「まぁまぁ、犬飼くん。落ち着いて」
「なっ!俺の所為かよ!」
「そうだよ!ね、司馬くん!」
「・・・・」(??)
「あわわ・・・みんな、ちょっと静かにしたほうがいいっすよ・・・」
やけににぎやかなこの6人組。どうやら、たちの行動を見ていたらしい。
見つかったというのになぜか騒がしいこの人たちを、は全く知らなかったが、芭唐のほうは知っているようだ。少し怒った顔をして、相手を睨んでいる。
「ザコ集団がこんなところで盗み見か?嫌な趣味持ってやがる」
「ちょっと待てぇ!このフーセン野郎!なんでそんなか、可愛い子//とイチャイチャしてやがんだぁ!!//」
「なんでお前が赤くなってんだよ」
「う、うるせぇ!//」
「御柳くん、失礼ですがその方は・・・・」
御柳はその質問に口の端をあげた。そして、制服の乱れを直しているの肩を抱いて不適に笑う。
「こいつか?こいつは俺の・・・」
「セフレよ」
芭唐の言葉を遮って、髪を直していたが言う。
あまりにも衝撃的なその言葉に、6人はもちろん芭唐ですら、動きを止めていた。
「私はこの人のセフレ。ただそれだけよ。文句ある?」
「あ、いや・・別に・・・」
さっきまでの威勢はどこへやら、にぎやかな公園はまた静かな場所へと変わった。
もはや灰と化している6人を見て、は一つため息をつく。そして、芭唐の手をとり立ち上がった。
「いこ、ミヤ」
「ん、あ、あぁ・・・」
公園へ来たときとは逆にが手を引いてその場を後にした。芭唐が黙って後ろを振り返れば、まだ固まっている十二支の野球部員達。
あいつら、相当慣れてないらしいな。特に猿野。すっかり化石化してやがる。
面白さのあまり笑みを漏らすと、が不思議そうに芭唐を見た。
並んで歩く夜道。次の行き先は、まだ決めていない。


