初めてつないだ手のぬくもりは、どこか優しくて。
冷たくて、気持ちよかった。
公園からでてたどり着いた先は、いつもの繁華街。
またもとの場所に戻ってきてしまったのか、それともこうなることが前提だったのか。
周りから見れば私たちは恋人同士に見えてると思う。
ただのセフレ。そんなこと思っている人など、ここにはいない。
私だって、きっと――
夜人形−Night Doll−
「普通あんなこと言うか?」
「何が?」
二人は繁華街のファーストフード店に入った。晩御飯がまだだったので、ここで済ませることにしたのだ。
チーズバーガーをほおばりながら、芭唐は呆れた声で、しかしおかしそうに笑いながらに聞く。
それに対しては、何のことかさっぱりわからずただ首をかしげた。
「セフレだよ、セフレ。普通言わねぇだろ他人に向かって」
「別に事実を言っただけじゃない。何か問題でもあるわけ?」
「お前、そうとう変わってんな」
「お互い様よ」
もまた、ハンバーガーを口に入れる。その間、まったく表情は変えなかった。
芭唐はの横顔を見ながら、しばらく考え込む。
なんでこいつはこんなにも冷静なんだろう。冷静というか、無関心というか。とにかく不思議だった。
普通だったらあんな奴らに(あいつらじゃなくてもだけど)セフレなんて自ら言わない。だけど、はそれを普通にやってのけた。
それに、と初めて出会ってから数日間、一度もの笑顔を見たことがない。
芭唐は思い出した。「夜人形」という言葉。それはもしかしたら・・・。
「、お前もしかして・・・笑えない、とか?」
「え?」
の瞳が揺れる。それでも表情は変わらない。芭唐の疑問は確信へと変わっていった。
は手に持っていたジュースを置く。その間も、ずっと芭唐はを見つめていた。
「私は・・・」
小さく呟くは、いつもと違って幼く見えた。それこそ15歳の少女に。
「悪ぃ。ここじゃしゃべり難いよな。俺の家、来るか?」
「ミヤの家?」
「近くだし、寒いだろ?」
制服のままだと補導されかねない、と芭唐は席を立った。何がなんだかよく理解できていないもつられて立ち上がる。
店を出ると、すぐ寒さが二人を襲った。の頭にはさっき芭唐から聞かれた質問が渦巻いている。
だが、それを断ち切るように芭唐はの手を握った。今まで手をつないだことのなかったも、芭唐と手をつなぐことには次第に慣れていった。
なんでこんなに入れ込んでしまうんだろう。
にはそれが不思議だった。あくまで芭唐はセフレでしかない。それは今も同じことだ。
だが、なぜか悪い気がしなかった。手をつながれても、抱きしめられても、表情のことを聞かれても。
思えば、セフレの家にいくなんて初めてだ・・・。
はそんなことをぼんやり考えながら芭唐についていく。なぜか寒さは感じなかった。
しばらく歩いてたどり着いた先は、高層マンション。を招くということは、一人暮らしなのだろう。それにしては高級そうなマンションだった。
エレベーターに乗って15階。エレベーターのすぐ前に『御柳』と書かれたプレートの張ってある部屋があった。
かぎを開けてを中に招き入れる。男の一人暮らしにしては整っていた・・・というか、生活感のない家だった。
「適当なとこ座ってな」
ベッドの置いてある部屋へ通されると、芭唐はキッチンへ向かった。その間に、部屋の中をぐるりと見回してみた。
野球のポスターが1枚張ってある。野球の素人であるにも、それがかなり古いものだということがすぐにわかった。
だが、それ以上に意外だったのは写真たて。棚の上においてあるそれは、小さい頃の写真。
芭唐は今と違い、とても楽しそうな顔をしている。バットも持っていた。
その隣に小さな子ども2人と高校生らしき人が並んで写っていた。その写真には見入ってしまう。なぜか悲しい感じのする写真だった。
「」
じっと写真を見ながら固まっていたが、芭唐に呼ばれてはっとする。
振り返るとお茶を持った芭唐が鋭い眼でを見ていた。その写真は見て欲しくなかったのだ。
「ま、隠さなかった俺が悪いけどな・・・」
その言葉はじゃなく、芭唐自身が自分に言ったように聞こえた。
少し俯き、は芭唐の隣に座る。お茶のにおいがの鼻をくすぐった。
「ミヤ・・・」
静かな空気を断ち切ったのは、のほうだった。聞き取れるか微妙なくらいの声で呟く。
「ん?」
「ミヤは私のセフレでしょ・・・?」
芭唐のほうを見ずに、は言った。返答に困る芭唐。言葉に詰まった。
「一応、な」
「なんで、そんなに構うの?」
芭唐以外にもセフレはたくさんいる。その人たち全員が、芭唐とは全く違う行動をとっていた。
お金をもらって身体を売る。セックスしたら、それで終わり。また次の収入が入るまで、連絡もとらない。
はそれが普通だと思っていた。それなのに芭唐は違う。何もしないでただ話しているだけ。これじゃあまるで恋人だ。
表情のことだって、気付いたのは芭唐が始めてだった。他の人はみんな気にしていない。たとえ気付いていたとしても、触れてこなかった。
芭唐はみんなと違う。だけど、それが嫌だと思う自分がどこにも見当たらない。
は、どうすればいいのかわからなかった。
「んなこと、俺だってわかんねぇよ」
返ってきたのは意外な言葉。てっきり何か理由があると思っていたが、拍子抜けだった。
「構いたいから構う。ただそれだけだ。別に理由なんかねぇよ」
「ミヤは・・・わかんないよ」
「何が?こんなにわかりやすい理由他にないだろ」
「セフレじゃないみたい・・・」
誰に言うわけでもなく、は静かに呟いた。その言葉は芭唐の耳にじんと響く。
芭唐はの顔を自分のほうに向け、頬に両手を当てた。の表情は変わらない。ただ、感情は伝わってきた。
寂しい、悲しい、苦しい。そんな黒い感情がひしひしと。芭唐に訴えかけてくる。
芭唐は優しいキスをした。触れるだけの、小さなキス。
「だから言ったろ?俺は本気だって」
その目に偽りなどなかった。真剣な目。真剣な表情。
私にもこんな表情ができたらいいのに・・・。
再度唇を重ねあって、二人はベッドに倒れこんだ。軋むベッドの上で、はただ芭唐のされるがままに身体を預ける。
どこまでも優しく、丁寧に芭唐はを抱いていく。いつもとは全く違うセックスだった。
初めて会ったときから、どことなく感じていた違和感。それは芭唐の見せる真剣な目に隠されていた。
似ているんだ、私と。―――をしてしまった私と。
−ちゃん−
また聞こえた昔の声。ずっと心の奥に閉じ込めていた感情が出てきてしまいそうで怖かった。
快楽の渦に溺れながら、は思う。この人はセフレじゃないのかもしれない。
のめりこんでしまう。どこまでも深く。
きっと戸惑いながらも、期待していたんだ。
恋人同士になることを・・・。


